« きみはポラリス | トップページ | ぼくと(ジョージ) »

2007.06.19

裁縫師

20070526_045 肌をそっと撫でる、はたはたとなびくスカートの裾と。両の脚を惑わせる、なまあたたかな風。そして、ただ呆然と立ちすくむわたし。ほんのりと性を意識し始めた頃の記憶は、なぜか鮮明に残っている。まだほんの僅かも動くことを知らない部分と、ぞわぞわと今こそ動こうとする部分とが一緒くたになって、どう自分を収めればいいのかわからなかった頃のことを。小池昌代著『裁縫師』(角川書店)の表題作「裁縫師」には、そういう年頃のエロスを描いている。少女は、ときに早く女になる。女というものを知ってしまう。少女という、無垢さゆえに。その、残酷さゆえに。無意識に、或いは意識的に。秘められた世界への憧れゆえに。少女だから。女だから。両方を生きるから。

 物語は、広大なお屋敷の離れにアトリエを構える裁縫師の元を訪れたことのある、老いた女性の回想である。自分の服をあつらえてもらうことなど、贅沢だった頃のこと。採寸が終わって、その後アトリエを訪れたとき、これまで抱いたことのない感情を覚える少女。その心の動きが細やかに描かれてゆく。無機質的な存在感の裁縫師と、秘密めいたアトリエの雰囲気が、何だかとても懐かしい緊張感を呼んでいる気がする。詩人としても活躍する著者ならではの選び抜かれた言葉が煌めくようでもあり、ゆらめきを伝えるようでもあり、どきどきしながら読み進めたわたしだ。そして、ただただ愛おしさが込み上げてきた。この不穏さを好ましく思えてしまう自分に驚きつつ。

 その他に収録されている「女神」「空港」「左腕」「野ばら」も、それぞれに味わい深い作品である。どれにも共通しているのは、主人公が確固たる自分の世界を持っていることである。町に迷い込む青年も、待つことに酔う女性も、時間をぐるぐると迷い巡る女性も、ひとりの世界に生きる少女も、もちろん「裁縫師」の少女にも。ただの孤独とは違う何か、ただの自立とは違う何かが感じられるのだ。人としての芯というべきか、ゆらゆらゆらめきつつも、一人一人しゃんと心が据わっているのである。人というものが、ひとりきりで死に逝く感覚にも似たところがあるかもしれない。さらっと心地よい文体で、心髄を突いている気がしたのだった。耽読すべき1冊である。

4048737759裁縫師
小池 昌代
角川書店 2007-06

by G-Tools

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« きみはポラリス | トップページ | ぼくと(ジョージ) »

21 小池昌代の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

今、これ読み終わりました。
面白かったです。
私は「空港」が好きでした。
「裁縫師」は、自分が今年9歳になる娘を育てているので、幼い性が受け入れがたくて・・・・・・子供を産むと、以前は作者と作品だけが存在するという世界にはまれたんですが、今は強引に感覚が現実の自分に影響されてしまうんで、困っています。
ところで、私は最近パソコンを買ったばかりで、ブログも始めたばかりなんですが、好きな本以外をどう書こうか迷っています。
ましろさんは批判を一切されていませんが、作品に疑問を持ったときは書くのをやめるんですか?
作者に対して、どういうことが失礼にあたるか、すごく悩んでいます。

投稿: 牧場主 | 2007.08.03 11:24

牧場主さん、コメントありがとうございます!
娘さんがいらっしゃると、ごわごわした心地になるかもしれないですね。
複雑な心境がぐるりとめぐってしまいそう…。
いつかわたしもその奇妙なる心地を味わうのかしら。どきどきします。

そう、気づかれました?ホントは書評なら批判もしなくちゃいけないのでしょうけれど、
わたしはどうも悪いことを書くことができないタチでして。
好きな本にどっぷりはまりながら、「好き」という気持ちを書いてしまうんです。
だから、読んでみてしっくりこなかった本のことは取り上げないスタンスでいます。
中には、どうしてもレビューを書きたくて(書かなくてはいけなくて)、
半ば強引に好きなところを見つけて書くこともありますが…(笑)
基本的には、素直に自分の思うことを書いてゆけばいいかな、と思っています。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.03 12:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/15489652

この記事へのトラックバック一覧です: 裁縫師:

« きみはポラリス | トップページ | ぼくと(ジョージ) »