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2007.06.15

二人乗り

20070526_008 かつてのわたしは、進むべき指標なるものが目の前に現れるのを、ずっと待っていた気がする。もちろん、ただ長い間待っていただけではなく、わたしなりにもがき足掻いてみたものの、見えてこないしるしに何だかもう、うんざりしてうんざりして…。もはや手遅れ間近になってから、やっと重い腰をあげて“我が道をゆく”ことに頷いてみたのだ。思えば、何とも遠まわりの人生だった。そんなことを死に際でもないのに思い返してみて、長かったとため息をつく。そう、進むべき指標なんてものは、見えなくて当然なのだ。重い腰をあげたからこそ見えるものがあるわけで、出発地点から怖じ気づいていたわたしに、しるしなんてあるはずもなかったのだ。

 しるし。行く先を告げるそれは、きっと自分自身の中にあるのだろう。平田俊子著『二人乗り』(講談社)を読んで改めてそう感じた。あそこに行けば変われるかもしれないとか、もう一度あの場所に戻ろうとかいう言い回しは、よくよく考えてみれば、単なる気持ちの整理や次のステップへの勢いづけのようなものだ。自分自身の芯さえ揺るぎなくあるならば、それだけでもうひとりで歩くことができる。その、揺るぎない芯というのが、くせ者なのだけれども、気がつけばにょきにょきとどうやら生えているらしい。ひょいと乗り越えてみたところ、“あった”という感じだろうか。まあ、要は自分次第、心持ち次第ということなのかもしれない。我が道というのは、意外と険しい。

 さて、この物語の肝心な内容と言うと…「嵐子さんの岩」「二人乗り」「エジソンの灯台」からなる、輪舞構成となっている。恋をしたために夫と離婚し、自由自適に暮らす嵐子さん物語。嵐子さんの妹である不治子さんが、ある女性と出会うことで日常が色づく物語。不治子さんの夫・道彦さんが、愛人宅にて暮らす中でふと灯台に向かってゆく物語。と、3人が絶妙に絡まりあって、最後まで読み終えると繋がりが見えてくる構成となっている。それぞれがそれぞれに悩みもがき足掻いて、自分なりの行く先を見つけてゆくようなエンディングが、とても清々しく感じられる。とりわけ、最後の「エジソンの灯台」は、妙に親近感を抱いた。あまりにも思考が似ていて・・・

4062129132二人乗り
平田 俊子
講談社 2005-07

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