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2007.05.19

ユーモレスク

20061125_004 失いたくない記憶も、いつしか色褪せて過去となる。いや、今を生きるために、変化せざるを得ないのかもしれない。過去を過去として、色褪せさせるために。わたしたちを前に進ませるために。立ち止まらせないために。今という時も、すぐ傍から過去として刻み込めるように。長野まゆみ著『ユーモレスク』(マガジンハウス)は、不在の人の記憶を中心にして展開される物語である。6年前に行方不明になった主人公の弟は、隣の家から聞こえるユーモレスクがとても好きだった。けれど、鏡合わせに一棟をなす隣家の住人とは、弟が行方不明になって以来、近いのに遠い存在になってしまった。物語は、その関係を修復してゆくように、やわらかに描かれる。

 物語の中で登場人物たちは、どこにでもいそうな人たちとして描かれる。同時に、何かを欠いた人たち、というようにも。特別じゃない彼らは、ありふれた日常の中を生きている。この世界にいる多くの人たちがそうであるように。著者の作品には珍しく、現実感を思わせる描き方である。主人公にとっての欠けているもの。それは、もちろん弟の不在である。いつか帰ってくるかもしれない、という期待を捨てきれずにいる主人公と、その家族は、今という時間を生きながらも、どこか一部分では時を止めているように映る。隣家の住人にもそれは言えることであるが、わたしには、どうもその時間というものが、噛み合わなくなってしまったように感じられた。

 噛み合わなくなった時間の歯車。それは、物語が進むにつれて、明らかになってゆくのだが、その透明度は低い。薄い靄のかかったまま、おしまいがきてしまうのである。そこは著者ならではの味というもの。いい具合に余韻を残して、この先も物語が続いてゆくような心地にさせてくれるのである。現代(といっても、昭和だと思うが)を舞台にしていることもあって、比較的くせのない作品に仕上がっていて、これまでの作品の中では一番読みやすかったような気がしている。それにしても、近くて遠い存在というのは、隣同士に限らず、家族内でも言えることのように思う。知っているようで知らないとは、なんだかその言葉だけで悲しい。あまりにも切なくて。

4480423400ユーモレスク (ちくま文庫 な 36-1)
長野 まゆみ
筑摩書房 2007-07

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コメント

こんばんは。
長野まゆみさんは私も好きです。
最近のものを読んでいなかったので、ましろさんの書評を参考にまた読んでみたいと思います。
それにしてもたくさん本を読まれていますね!尊敬です。
私も時間だけはもてあましているのに、一向に読書が捗りません。
積読が増えていきます。。
ましろさんにあやかりたいものです。笑
ではまた。

投稿: エイプリル | 2007.05.19 21:09

エイプリルさん、コメントありがとうございます!
長野まゆみさん、お好きでしたか。
ここのところすっかりはまってしまって、
このまま一気に読み干してしまおうかと思っています。
わたしの場合、時間はあまりないのにもかかわらず、
読書の時間を自ずと優先してしまいがちで…
ホント困りものです。
エイプリルさんのブログにも、またお邪魔しますね!

投稿: ましろ(エイプリルさんへ) | 2007.05.20 19:17

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