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2007.05.18

メルカトル

20060905_010_1 そろりそろりと忍び寄り、細部にわたって仕組まれていた時間が、するするとほどけてゆく。少年にかけられていた、ありとあらゆる抑制の呪縛と共に。埋もれていた真実は鮮やかに甦り、その力を一気に芽吹かせる。そうして、ひとつの救いになる。生きてゆく上での。生涯にわたる救いに。長野まゆみ著『メルカトル』(大和書房)は、青年リュスの物語だ。リュスは救済院で育ち、自分の感情を封じ込めるようにして生きてきた。自分の名前に込められた意味を誤解したまま、世間で言う弱者として。高校を飛び級して、大学の学費を稼ぐために地図収集館で働きはじめたリュス。その周囲で、次々と不可思議なことが起こりはじめる。

 自分の生い立ちというもの。それを知らないリュスは、自分の気持ちを押し殺したようにして生きている。身の回りのものは、すべて中古品だったし、ごく僅かな食事でつつましく暮らしている。だからといって、誰かを羨んだり憎んだりすることもなく。どちらかというと、人を信じやすい性質ではないかと思うくらいだ。そのせいで、自分の名前の由来を聞かれると、平然と「配水管のゴミ虫です」と説明してしまう。そんなリュスだからこそ、この物語は成り立っていて、彼の周囲は何かと騒がしくなってゆくのである。抑制された精神と、無垢な少年のような心。その狭間で揺れるリュスの思いは、ほんのりと悲しみを感じさせる。

 物語の中では、地図がキーとなっている。もちろん、タイトルの「メルカトル」も、地図の図法からきている。地図収集館に勤めるリュスに対する悪戯めいた手紙や、周囲の人々らも、地図に纏わるのだ。もちろん、地図以外にも魅力が盛り沢山の物語である。ロマンティックな場面もあれば、謎めきを秘めた場面もあるし、緊張を強いられる場面もある。リュスにしては、珍しいくらいの内面の吐露がちらりと見え隠れもする。そういうところも実に面白い。それに加えて後半部分になると、一気にどっと驚きの真実が見えてくるから、気持ちよいくらいに潔い物語だな、と感じてしまう。とにかく面白い1冊だったと、素直に言える作品だ。

4479650091メルカトル
長野 まゆみ
大和書房 2007-04

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