« あめふらし | トップページ | 建てて、いい? »

2007.05.12

ぼくらのバス

20070413_014 わたしがわたしでいられる時。いわゆるピュアと呼ばれる部分を、わたしは今どれくらい持っているだろう。年齢的には大人であっても、どうも中身は幼いと云われがちなのが、良いことなのか悪いことなのかは別として、ふとぼんやり考えてみた。大島真寿美著『ぼくらのバス』(ピュアフル文庫)を読んでみてのことである。物語は、ある少年たちの夏休みの出来事を、はらはらドキドキさせながら、清々しく爽やかに描くものだ。彼らは、正しいと思わせるほどにピュア全開であり、その少年という時間を自分のものとして充実して過ごしていた。まるで、今という時間が限られていることを知っているかのように。そう、つまりは彼らにわたしはとても惹かれたのだった。

 夏休み。退屈極まりない日常を過ごしていた少年は、ふとバスの図書館のことを思い出す。近所のおじいさんが開いていた、バスを建物のかわりにした個人図書館のことである。けれどおじいさんの死後、閉鎖されたままになってしまったのだ。幼い頃の図書館でのさまざまな出来事を思い出し、少年は再び図書館へ出かけてみようと思い立つ。そして、弟を連れ立ってバスの図書館に忍び込み、秘密の隠れ場所にするのである。ある日、そこへ家出中の少年も加わって、ひと夏の物語が展開されてゆく。少年たちの成長、もたらしたであろう影響、初々しいすべてのものが、なんとも愛おしい。そして思う。彼らはこのバスの図書館にいられることが、本当に至福の時なのだな、と。

 至福の時。わたしにとってのそれ。つまりは、心が満たされている時間というもの。それは多分、こうして本を読んでいるときに違いない。思えば物心ついたときから、ずっと。本があれば、他に欲しいものなどなかったし、密かに友だちよりも本の方が大事だったときもある。この物語のようなバスの図書館の存在は、わたしにとったらとても贅沢な話でもある。それに、こうして自分自身について考えるきっかけをくれるのも、いつだって本だったような気がしてならないのだ。だからきっと、わたしにとって一番自分らしい時間というのは、本を読んでいるときなのでは、と思うのだった。例え、ピュアと呼ばれるものからは遠くとも、わたしはその時間をピュアと呼びたい、と思う。

4861763983ぼくらのバス (ピュアフル文庫 お 1-1)
大島 真寿美
ジャイブ 2007-05

by G-Tools

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« あめふらし | トップページ | 建てて、いい? »

08 大島真寿美の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

初めまして。
綺麗、素敵なブログですね。
本(&ねこ)情報が豊富ですね。(色々参考にさせてください。)
また、訪問しますね。
今後ともよろしくお願いします。
(勿論、応援ポチッ、させていただきました。)

投稿: feel | 2007.05.13 15:47

feelさん、はじめまして。
嬉しいコメントを残してくださって、ありがとうございます!
拙きブログですが、今後もどうぞよろしくお願い致します。
クリックまでしてくださって、感激です。

投稿: ましろ(feelさんへ) | 2007.05.13 20:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/15041703

この記事へのトラックバック一覧です: ぼくらのバス:

« あめふらし | トップページ | 建てて、いい? »