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2007.05.03

残虐記

20061119_002 想像と嘘と真実が絡み合って、誰かに刃が向けられる。真実を打ち消すように、想像力を絞り出し、上手に嘘を散りばめて。何が本当で、何が嘘なのか。誰が正しいのか。そもそも、すべての人々が間違っているのか。混乱しながら読んだ、桐野夏生著『残虐記』(新潮社)は、わたしをじりじりと否定するような作品である。何が残虐かと考えてみれば、その刃はつうっと胸を刺されたようで、ひどく息苦しいし、真実が見えなくて、さらに心が痛みを増して、手探りでほんの僅かの正しさを見つけなければならない。何もかもが間違いに染め変えられても。正しさが、ときに人を傷つけることも承知の上で。わたしは混乱を強めて、わからない、何もわからない…そう繰り返すばかりだ。

 物語は、失踪してしまった女性作家が残した原稿を中心に紡がれている。原稿に描かれていたのは、かつて世間を騒がせた少女誘拐・監禁事件の被害者が作家自身であるというもの。出所したばかりの犯人からの手紙は、幼かった少女がずっと隠していた真実をも語っていた。僅か数年で少女を成熟させ、あっという間に一人の女にした事件。それに翻弄されていた被害者自身。そうして、封印してきた記憶の数々は、想像力を逞しくし、手記をフィクションにもしてしまったのである。一人の人間、いや多くの人間の人生を変えてしまうほどの、残酷でグロテスクな物語へと。だが、誰よりも残虐なのは、きっと読み手であるわたしたちと、この作品を書いた著者自身であるように思えた。

 そんなことを綴りつつ、わたしはこの作品が嫌いではない。どちらかというと、好きである。かといって、残酷な話が大好きというほどでもないが…。この作品のテーマとしたら、事件の真相を暴くということではなく、世の中やマスコミが被害者にとってどれほど酷な存在であるか、であるように感じられたゆえ。大雑把に言うと、たった一人の被害者が対峙する数を、数えることができるとしたら、ほとんどの人々が罪を償う必要があること。こうして、この作品を手に取り、ここに紡いだ文章そのものが、きっと罪なのである。でも、敢えて紡ぐとしたら、わたしは痛みを想像して、過去を暴くべく自分自身に問いかけて、大事な何かを手放さなくちゃいけない、と思うのだった。

4101306354残虐記 (新潮文庫 き 21-5)
桐野 夏生
新潮社 2007-07

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コメント

 桐野夏生、つづきますなあ。おれ、読んでないに等しいのだけれど、だいたい、どんな作品か、作風かは、把握しているつもり。
 ましろさんと、桐野夏生。ちょいと意外な組み合わせのような気がするのは、たぶん偏見だろうが、意外と確かに感じてしまった。
 世界が広がっているのでしょう。うらやましい、と思います。

投稿: あらき・おりひこ | 2007.05.04 15:31

あらき・おりひこさん、コメントありがとうございます!
そう。まだ続きます、桐野夏生作品(笑)
確かにわたしには、縁遠い部類だと思うのですが、
つい手にしてしまって、はまりまくっております。
読まず嫌いを直したい、この頃です。
わたしの世界はちっちゃなままですが、頑張りますデス。

投稿: ましろ(あらき・おりひこさんへ) | 2007.05.04 21:29

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残虐記posted with amazlet on 05.04.23 桐野 夏 [続きを読む]

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