ハイドラ
どこまでも堕ちゆく感覚というものに、酔いそうになることがある。なにも、すべてに絶望したわけじゃない。じわじわと破滅に向かう自分というのが、妙に愛おしく感じるのだ。わたしにとってそれは、普段は意識できずにいる自己愛のようなものであり、ついつい疎かにしてしまう自分自身へのある種の擁護であるに違いない。甘さと厳しさと。2つの事象の狭間で、揺れ惑う感覚にも近い。金原ひとみ著『ハイドラ』(新潮社)は、わたしのそんな部分をつんと刺激し、ほのかな痛みを残していった。いわゆる人の持つ闇の部分。そのダークな面を掘り下げたこの作品は、ある種の病理まで描くが、むしろぬくもりのようなものを強く印象づけているように感じられた。
読者モデルを経て、カメラマンである新崎の専属モデルとなった早希。新崎と密かに同棲しているが、すれ違いの日々を送っている。そんな時、友人の知り合いの紹介で、ミュージシャンの松木と恋仲になってしまう。松木の曇りのない気持ちに惹かれてゆく早希。けれど、同時に、新崎の冷徹なまなざしに呪縛のように囚われる思いも抱えていた。複雑に揺れる思いと、繰り返されるチューイング(食べ物を噛んだあと、呑み込まずに吐き出すこと)と嘔吐。早希の身体は悲鳴をあげつつも、その行為をやめられずにいる。食べることへの罪悪感は、新崎への切なる思いと比例して、早希の心も身体もがんじがらめにしてゆくようでもある。何だかとても、悲しい展開だ。
タイトルの「ハイドラ」。どうやら、頭を切るとまた生えてくる九頭の怪蛇のことで、根絶し難いものを意味するらしい。物語では、恋愛の心理構造をこのハイドラに例えているようで、早希の思いや行動はもちろん、新崎をはじめ、その周囲の人々もまた、このハイドラという言葉が当てはまってしまう。物語ほど極端ではないにしろ、個人差はあれ、もしかすると誰もが皆、ハイドラ的な部分を備えているのかもしれないと思うほどに。冒頭のわたしの思考もまた、ハイドラ的と言えなくもない。人間の闇の部分を刺激する「ハイドラ」。その途方もなく広がる世界に、触れたら最期とわかっていても、ついついのめりこんでしまうのは、きっと人間の性というものだろう。
- 金原 ひとみ
- 新潮社
- 1260円
書評/国内純文学
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