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2007.05.31

遭難、

20070526_017 多くの人々が、自分自身のことにかまけて生きている。己を好きか嫌いかは別として、要は自分のことがたまらなく大事なのだろう。そもそも社会科でよく見る地図がそうであるように、どの人々も皆自分を主張して生きている。性格の差はあれ、積極的な者は強い存在感を、消極的な者はそれなりの存在感を、意欲を削がれた者はその負のエネルギーを放っているのだから。それでも他者と関わりなく生きるわけにはいかないから、ある一定の領域を超えないようにと気遣う常識というものが無意識に働いて、周囲から自己を防衛しているのでは…なんてことを思うのだった。いわゆる本音と建て前みたいなもので。これがいわゆる社会的に健康な人のメカニズムのような気がしている。

 けれどそのメカニズムは狂うこと多々あって、ときに争いを生む。大小様々な争いは、人の心の内面をえぐるようなものから様々だが、本谷有希子著『遭難、』(講談社)に至っては、職員室を修羅場と化すまでになるのである。生徒の自殺未遂がきっかけで、その学年の担任だけを集めた職員室。そこで行き来する感情は、互いを醜くさせるような責任転嫁と疑心暗鬼というもの。それらのもたらす、歪んだ思い。そして、愚かなまでのトラウマ語りというものまで。教師4人と生徒の母親、5人が繰り広げる物語は誰もがひた隠しにしている何かを疼かせてゆく。シリアスな内容を可笑しく読ませるあたりが、さすが著者の力作であると唸らせる。

 わたしが思うこの作品の魅力は、はじまりからおしまいまでの温度差の揺らぎだ。もちろん、どの物語にもそういう揺らぎは付き物かもしれない。けれど、この作品の揺らぎは、その振り幅の速度が最大にまで至るのである。というより、最大値を示し続ける部分が多いからこそ、最小値がふっと光る、というべきか。展開の読めない物語は、活字だけでもその温度を伝えてくるようで、なんとも痛烈な印象を残すのである。また、先に述べた自分自身のことにかまける人の究極のデフォルメは過剰ながら、つい己の胸に手を当てたくなるほどにリアルである。そうして、その行為自体が自己中心的なものであると気づくとき、さらなる自己嫌悪に陥るのである。そしてさらなる…

4062140748遭難、
本谷 有希子
講談社 2007-05-16

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