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2007.03.05

ケッヘル(上・下)

20070125_66006 音楽に魅せられて。音楽から逃げつつも、音楽に翻弄されて。そうして続く、連鎖のような人の構図を思うとき、なんだか無性に胸を掻きむしりたくなる。愛するというひたむきな想いが、狂おしいという感情と交わるときの怖さは、掻きむしった胸をぞくっとさせて鳥肌にさせるほどだ。中山可穂著『ケッヘル(上)』『ケッヘル(下)』(文藝春秋)を読みながら、始終感じていたそのようなわたしの思いは、結末までくると、ほろりとしたものへと変化し、本気で誰かを愛し、愛されることの危うさを、まざまざと見せつけられたような気がした。そして、ケッヘルというモーツァルトの作品に付けられた番号をたどって、狂おしいまでの愛の行方を知りたくてウズウズさせられたのだった。

 物語は2つの軸を行ったり来たりして進む。過去の亡霊のようなものから逃れ続ける伽椰と、彼女に仕事を斡旋する遠松鍵人の生い立ちが、ゆっくりと交錯してゆくのである。一見、何の関わりもなく旅先で出会ったと思われた2人の人生が交わりを見せるとき、その背景にある長い年月に渡る復讐劇が鮮明に彼女の中で浮き上がってくる。そして、逃げゆく絶望的な日々の中でも、新たなる恋が生まれ、育まれ、愛する人をめぐって、様々な思いが絡まり合うことになってゆく。そこに描かれる、迷いや葛藤というもの。企み、殺意というものが、満ち溢れるこの物語には、読後すぐには言葉を生ませないほどの衝撃が走る。はっとして、ほっ。とでも言うべきか。貪るように読める作品だった。

 さて、モーツァルト。物語にはタイトル通りに、その作品が多数登場する。読み進めるほどに、モーツァルトの偉大さとその魅力に圧倒され、思わずCDを聴きまくってしまいたい衝動にかられる(もちろん、わたしは貪るように聴いた)。モーツァルティアンでないにしろ、一度は耳にしたことのある「アニュス・デイ」の天上の調べを思い描いて、若き日の音楽に魅せられた遠松氏に、愛に取り憑かれた遠松氏に、どんどん惹かれてゆくばかりだった。そして、伽椰には、そのゆらめく心の激しさに、同性ながら思わずうっとりとなるくらいの魅力を感じずにはいられなかった。他にも登場する人物たちには、それぞれに魅力があり(ある一人を除いて)、ため息がもれること、しばしば。

 それに加えて、タイトルにもなっている「ケッヘル」に纏わる多くの謎が明らかにされていないことが、ますますこの物語の余韻を深いものにさせている。それは、遠松氏の父曰く“モーツァルトの音楽は、神が音符に姿を変えて我々人類に発信されたメッセージ”という思想にも大きく関わるものであり、ケッヘル番号の法則性から、そのメッセージを今後、世界の誰かが解明するときが来る日を期待させる。果たして世界にどれくらいのモーツァルティアンと、それを研究する人々がいるか知れないが、この物語に魅せられた読者の多くは、モーツァルトの音楽を違った角度から聴くようになることだろうと思う。もちろん、わたしもその一人であるに違いない。

4163250409ケッヘル〈上〉
中山 可穂
文藝春秋 2006-06

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4163250506ケッヘル〈下〉
中山 可穂
文藝春秋 2006-06

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コメント

レビュー読みました☆結構おもしろそうな本ですね~今度読んでみたいな!って気にさせられました☆黒猫の写真が可愛いですね(^^)

投稿: かずくん | 2007.03.09 09:59

かずくんさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
はい、とても面白い本ですよ。実は上下に分かれている本を、
ここまでするすると読んだのははじめてのことでした。
写真はヘタですが、猫バカなもので…可愛すぎます(笑)

投稿: ましろ(かずくんさんへ) | 2007.03.09 17:35

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ケッヘル〈下〉 中山 可穂  198 ★★★★☆  【ケッヘル〈下〉】 中山 可穂 著  文藝春秋  《男と女の愛、女と女の愛、モーツァルトの調べに乗せて?》 内容(「MARC」データベースより) 絶望の淵から生まれた恋。だが復讐の連鎖は止まらない。真に人間らしい人生とは、誰かをひたむきに愛し、愛される、薔薇色の不安に満ちあふれた人生のことだ。『別冊文芸春秋』連載を単行本化。  希望とは、モーツァルトの音楽のようです。万人に等しく与えられ、耳と心を開きさえすればいつで... [続きを読む]

受信: 2007.03.11 19:21

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