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2007.03.27

聖女伝説

20050421_999028 美しい死。それは、少女が一度は憧れるものではないだろうか。そしてこれは、少女であることの特権でもある。その儚さに、その煌めきに、そのはっとするほどの無垢さに、わたしたちはきっと、心を打たれる。涙まで流すかもしれない。ため息が自然と洩れるかもしれない。けれど、多和田葉子著『聖女伝説』(太田出版)には、肝心の“美しい死”を奪われた少女がいる。自由な身体感覚までも奪われて、頼りなげなその肢体は漂うように宙に呑まれてしまうのだ。少女であることの潔癖さも、夢見がちであることも、きっともう、ほんの僅かしか残されてはいないのだろう。それでも、少女というだけで無条件に愛おしい気持ちがするのは、わたしもかつて少女だったからに違いない。

 ときに少女は、男だけの共同体に違和感を覚える。ときに少女は、想像だけで妊娠だってする。ときに少女は、罪深い女性の思想に囚われる。ときに少女は、無防備に誰かに寄り添う…思いめぐらす思考の自由は、様々な人によって影響され、次第に逞しくなってゆく。その逞しさで、人を傷つけ殺めることだって、容易になってしまうに違いない。少女の存在は至高のもの。向かうところ敵なし。完全無敵の存在になる。そのしぶといまでの目線。そして、態度。それを用いて、いつだって物語の主人公でいられるのだ。逃れられない定めと共に。いつまでも、いつまでも、少女は少女であることを続けなければならない。そうすることで、果てようとするかのように。

 この物語の漂うような浮遊感は、読んでいてある種の酔いを思わせる。心地よくも嫌悪を呼び、それでも愛おしさを感じさせるような。そこにはもちろん、少女ならではの鋭利な感覚がある。忘れかけていた懐かしいもの。身体を貫く、やわらかな痛み。確かに掴んだはずなのに、手のひらからこぼれ落ちるような儚さ。そんなものたちがひしめき合い、揺れにまかせて心の芯を熱くするような気がしてくる。わたしも少女だった。かつて少女に違いなかった。そして、いつしか老いゆくこの身は、まだ無垢で白く、やわらかさを残しているけれども、少女だった頃はもう二度と戻らないのだということ。わたしのため息の理由は、そんなところであるに違いないと思うのだった。

4872332857聖女伝説
多和田 葉子
太田出版 1996-06

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