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2007.03.22

旅をする裸の眼

20070125_999022 あなたとわたし。あなたを見つけたその日から、あなたとわたしの境はどんどん曖昧になってゆく。わたしはきっと、誰よりもあなたを知っていたし、いつだってあなたをじっと見つめていた。視力という名の裂け目から、あなたをいつだって探し出せた。つまりは、境界の向こう側に見えるものを、わたしは見ていたのだ。多和田葉子著『旅をする裸の眼』(講談社)は、少女の視点から、見えるものすべてを生理的感覚として捉え、物語を展開してゆく。ベトナムから東ベルリン、そしてボーフムへ。やがて逃げ出すようにしてパリへ。言語も人種も国家も政治体制も、あらゆるものの境を越えて、少女はカトリーヌ・ドヌーヴの映画と出会い、その世界にのめり込んでゆく。

 少女の旅を言い表すのは、とても難しい。何しろ少女は小さな世界に満足していたから。生まれ育ったベトナムの生活。家族が嘆いたくらいの東ベルリン行き。少女は、何の躊躇いもなく旅立った。そして、連れ去られていった先のボーフムにも、よく馴染んだ。少女という無垢な存在。それは、無防備ながら恐れを知らず、その土地の空気に染まりゆく。けれど、若さゆえの好奇心というものや、満ち足りない思いというものは、捨て去ることはできない。彼女のそこを埋めてくれたのは、パリでの映画鑑賞だった。言葉がわからないながらに懸命に観た映画は、彼女の中の視力を刺激し、するするとその世界へと導いてゆく。<あなた>と<わたし>。<わたし>と<あなた>。その境界はもはや、ない。

 少女が導かれた映画の世界。そこでの<あなた>は、さまざまな役柄を演じている。もちろん、物語の舞台も、時代背景も、変化する。言語のわからない世界で頼りなのは、視覚的なもの。つまりは、<あなた>自身だったというわけだ。一見、映画スターに憧れる夢見る少女を連想しがちな設定だが、物語にそういう色はほとんどないと言っていいと思う。もっと根源的なもの。もっと深いところでの、<あなた>と<わたし>のつながり、はじまりがあるように感じられるのだ。言語のない世界での。限られた世界だからこその、深み。ただの小さな世界での安住とは違う、何か。少女の視点の自由自在さに、読みながら酔いしれたようにうっとりとなるのは、わたしだけではないはずだ。

406275942X旅をする裸の眼 (講談社文庫 た 74-2)
多和田 葉子
講談社 2008-01-16

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コメント

おひさしぶりです。
写真の猫さんたちは全部ましろさんの猫さんなのでしょうか?
それにしても面白そうな本を紹介してくれますが、
ましろさんは読む本をどうやって決めているのですか?

投稿: めがね | 2007.03.22 21:08

めがねさん、コメントありがとうございます!
はい。一応我が家のネコたち(3匹)です。
ときどき犬も登場することもありますが、それもウチのワンコです(笑)
本については、リンク先のブログを参考にしたり、
本の匂いに誘われるまま、そのときの気分で選んだりしています。
図書館や本屋さんで、直観的に選ぶこともありますよ。

投稿: ましろ(めがねさんへ) | 2007.03.23 13:33

大好きな本です。
>視点の自由自在さ
まさにそうですね。「自由」であることの誇りまで感じました。
魂のままに生きていくことの強さも。
最後のシーンが記憶に焼き付いています。

投稿: にしはら | 2007.03.26 13:25

にしはらさん、コメントありがとうございます!
大好きな作品でしたか。わたしもかなり気に入っています。
最後のシーンは、ホント印象に残りますよね。
脳裏に焼き付くというか、目に焼き付くというか。
多和田葉子さんの作品は、視点が自由自在で心地よいです。

投稿: ましろ(にしはらさんへ) | 2007.03.26 15:32

こんばんは♪

ものすごく惹かれるけれど
ハンパなく手強い物語でした(苦笑)

感想の書きようがなくまいったまいったと思ったのだけれど
これは、数名の友人知人にも読んでみてほしくて
がんばって(笑)書いてみました。

ましろさんのレビューはすごい!!!
本以上に、解説以上に感動しました。
TBさせてくださいね~♪

投稿: nadja | 2008.03.10 19:27

nadjaさん、コメントありがとうございます。
ええとですね。TBは届いていないみたいなのですが…
何らかの不具合でもあったのでしょうか。
またお時間のあるときにでも、ぜひよろしくお願い致しますネ。

それにしても、ハンパなく手強い(笑)
わたしも四苦八苦したのをよく覚えております。
魅力的な作品だけに、下手に書けないですよね。
nadjaさんのレビュー、楽しみに拝見させていただきますね。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.03.11 03:31

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[ 旅をする裸の眼 多和田葉子 ] (講談社文庫) 裸の眼とは、何を意味するのだろう 映された目、意識のなくなった身体にくっついている。 何も見えていない。 視る力はカメラに奪われてしまった。 名前のないカメラの視線が、文法を失った探偵のように床を嘗めてまわる。 ベトナムからベルリンへの旅 拉致されモスクワに向かおうとするも間違ってパリへ 運命に翻弄されているようでいながら 「わたし」は「わたしの裸の眼」で選択し生きていく 「わたし」の... [続きを読む]

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