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2007.03.11

よもつひらさか往還

200609088_9494023 とどまることを知らない美しきものたちが、その醜態を晒すとき、得体の知れないものたちが蠢き始める。そうして息を呑む光景は、呼吸を忘れたわたしに囁きかける。酔狂になれ。その世界を知れ、と。思い出したように慌てて呼吸を取り戻し、はぁと、1つ。ふぅと、1つ。ため息と安堵の混ざった、奇妙なるものを吐き出したわたしは、めくるめく活字の渦に酔わされるのだった。倉橋由美子著『よもつひらさか往還』(講談社、講談社文庫)は、そんな感覚を耽読できる作品だ。口の中に広がる、甘くも切ない未知なる味と共に、この世とあの世を行ったり来たりして楽しむ極上の世界は、なんとも不思議な読後感。現実をついぞ忘れるほどに読ませてしまう、連作短編集である。

 物語は、あるクラブを継承することになる、少年・慧君の幻想的で性的な冒険の数々と言ったらよいだろうか。バーテンダーの九鬼さんの作る不思議なるカクテルによって、慧君は特別な体験を重ねてゆくのである。タイトルにある“黄泉平坂(よもつひらさか)のぼりおり”という言葉からもわかるように、特別な体験とは、この世とあの世の往来であり、時空を越え、人間という輪郭をも曖昧にして、まどろみの中を堪能するようなものである。そして、欲望のままに宴なるものを愉しむのだ。まさに、お酒の世界そのものだと言えるのではないだろうか。いや、それ以上のものかもしれない。知と性と生。それを感じる酒の遊びが、現実を忘れて展開されてゆくのだから。

 この慧君。少年という設定ながら、なんとも博識な人物である。ときには歌を詠み。様々な文献から言葉を引用する。そして慧君に負けず、さらなる知識を披露するバーテンダーの九鬼さん、祖父にあたる入江さんと、その夫人にあたる桂子さんなどなど、なかなか興味深い人々がいる。とりわけ、九鬼さんにいたっては、その存在感は強すぎるほど強いもので、名前のごとく鬼にもなれば、不死身にもなる。奇術師にもなれば、入江さんの分身的な役割も努めるのである。そして、慧君を導き、助け、男としての術を教え込んでゆくのである。酔狂なるものが、好ましいか好ましくないかは別にして、物語はいろんな世界をいろんな角度から楽しませてくれる。

 さて、わたしは「酔狂になれ」と囁かれたものの、「その世界を知れ」には応えたつもりだが、この物語に寄り添い過ぎることは控えておいた。何しろ、酔狂なるイメージというものは、お固いわたしの中では、やはり男性的なイメージがあり、それをお酌しているのが女性という、構図が出来上がっているからである。また、慧君や九鬼さんの相手をする女性(?)たちを通じて、その悲しみの色を感じるのは、わたしだけではないはずだから。快楽の裏にある、切ない色。それが物語の端々でカクテルとなったとき、その深い情念というものを思い、じくじくと疼く痛みを無視などできなくなってしまうのだった。そこには、物事における二面性に怯えつつ、自分を恥じるわたしがいた。

4062750198よもつひらさか往還 (講談社文庫)
倉橋 由美子
講談社 2005-03

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コメント

ましろさん、倉橋由美子読まれたのですね!
雰囲気が伝わる素敵なレビューですー^^
この桂子さんのシリーズ、大好きなんです。
他の作品も読まれることがあったら、またましろさんの文章でレビューを書いて頂きたいなあと思いました。
TBさせていただきます。

投稿: TRK | 2007.03.11 20:07

TRKさん、コメント&TBありがとうございます。
はい。影響されまして、初めての挑戦でした!
これ「桂子さんシリーズ」なのですか!!!
シリーズモノだったとは全く知らずに読んでいました。
予備知識もなく、いろいろ語っちゃってすみません。
もっと読みます~。そして、いつもありがとうです。

投稿: ましろ(TRKさんへ) | 2007.03.11 22:01

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よもつひらさか往還倉橋 由美子 倉橋作品に度々登場する「慧君」が、祖父から譲られたクラブのバーで魔酒を飲み、異郷(よもつひらさか)に遊ぶ姿を描く。お相手となるのは、鬼女 [続きを読む]

受信: 2007.03.11 20:00

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