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2007.03.19

ヒナギクのお茶の場合

20060806_999033 いやおうなしに、こびりつく色。その色の波間にたゆたうように、浸る。漂う。揺れ惑う。ティーバッグからしたたり落ちる何滴もの淡くも確かな色は、わたしを心地よく物語の世界に誘い、引き込み、じわじわと現実を侵食してゆく。ゆるやかなスピードで。戻れなくなる、一歩手前まで。多和田葉子著『ヒナギクのお茶の場合』(新潮社)は、そんな夢うつつの感覚に陥る、短編小説集である。気がつけばまどろんで、覚醒しては読み、読んではまどろむ。そうして、わたしはまどろみの中で物語をあたりまえのように思い描き、違和感なく紡ぎ、それをおかしみに変えてゆく。もちろん、この小説の世界自体も、そういう雰囲気のもので、何とも言えぬ浮遊感が漂うのだった。

 表題作「ヒナギクのお茶の場合」は、舞台美術家のハンナと小説家の<わたし>との、交友を描いた作品だ。ハンナの緑色の髪。ウイキョウの色。ヒナギクの色…物語の端々で登場する色たちが、とても印象的である。思わずその色の波に呑み込まれそうになる場面もあるほどだ。ふたりは、ティーバッグで結びついた仲であるけれど、きっかけはどうあれ、それ以上に深い結びつきを見せてくれる。例えば、ハンナにあって、<わたし>にないもの。<わたし>にあって、ハンナにないもの。対照的だからこそ惹かれ合い、関わり合う。そんな関係があるのだ。けれど、互いにどっぷりと染まることはない。ティーバッグからしたたり落ちる色のように、ほんのりと染まり合うのだった。

 最初に収録されている「枕木」。ここでの舞台は電車の中である。どこか異国の地をひた走る電車。その中で頭をよぎる妄想と現実とが絡まり合い、不思議なる感覚を呼ぶ作品である。主人公の<わたし>の思考そのものが物語を進行させ、時には現実から放り出されるようにして覚醒する。はっと我に返る感じで。どこへ向かおうとしているのかわからない<わたし>。それでも進み続ける電車。一方が立ち止まっても、一方は走り続ける。いや、走り続けてくれる。その事実は、「乗り物に乗るわたしたち」というものを、根本から違和感へと引きずり込むようでもある。宙ぶらりんのわたしでも、どこかへ運んでくれる箱。便利な世の中は、不思議な感覚に満ちていたのだった。

4104361011ヒナギクのお茶の場合
多和田 葉子
新潮社 2000-03

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コメント

色を文章で表せるっていうのはすごいですね。
現せるかな???
ましろさんの文章を読んでいるだけで
色のイメージが浮かんでくるようでした。
題名も素敵ですね。

投稿: りんご | 2007.03.19 12:39

りんごさん、コメントありがとうございます!
この作品、味わい深い色があるんですよ。
まどろみにもしっくりくる!
どっぷり魅せられて、浸りきってしまいました。
オススメです。

投稿: ましろ(りんごさんへ) | 2007.03.19 12:58

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