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2007.03.02

あなたになら言える秘密のこと

20070226_55005 時を経てもなお、癒えない痛みというものがある。心の奥底に封印したそれは、ときに人生をがらりと変えてしまう。閉ざした心を開く手段は、容易に見つかるわけでもなければ、誰かが差し伸べる手に救いを求めるには、あまりにも重たく、忌まわしい記憶はひどくのしかかる。それでも、諦めずに懸命に痛みと向き合おうとする人の姿というのは、無条件に美しい。たとえその足掻きというものが無駄に終わろうとも。きっと「生きる」ということは、そういうものなのかもしれない。イサベル・コイシェ原案、藤井清美著『あなたになら言える秘密のこと』(アーティストハウス)は、悩めるわたしたちにとって、ほのかな光を指し示してくれているような1冊である。

 物語は、ただ生きるために休みなく働き、日々を消化するだけの生活を繰り返す、ハンナを中心に進む。食べるのは、白米とチキンナゲットと、変色したリンゴ半分。彼女がどこの出身なのか、どんな過去を持ち合わせているのか、周囲の人間は何も知らない。一人きりの人生を生きる彼女は、なんらかの罪の意識を抱えながら、ただ生を消化するだけだ。そんな彼女が、あるとき1ヶ月の休暇を与えられて、見知らぬ海辺の街にたどり着く。そこで、かつて彼女が看護師をしていたことから、油田掘削所での事故で重傷患者となったジョセフの看護をすることになるのだった。もうすぐ閉鎖される掘削所には、様々な重い過去や心の傷を抱えた者がおり、ハンナは次第に心を開き始める。

 この物語は、拷問被害者の心の傷をテーマに描かれている。こんなふうに書くと、いかにも重たい内容のものだと思われるかもしれない。確かにテーマは重たく、ハンナの告白はひどく胸にせまりくるものがある。一生抱え続けるだろう痛みは、読み手の心までもじんじんと疼かせるくらいだ。けれど、物語の中では、ハンナ以外の登場人物たちにも、悩むことを許している。痛みの重さは違っても、誰しも何らかの過去を背負い、それでも生きてゆかねばならないこと。「生きる」とはどんなことなのか。その本当の意味を知らしめて、悩めるわたしたちを、もっともっと悩みながら生きてもいいのだと囁きかけるようでもあるのだ。もっと悩んで、そして生きるのだ、と。

 物語の中では、食べ物に関する描写が印象的である。はじめ、ハンナは毎日決まったものしか食べなかった。何のこだわりもなく、ただ生きるために胃の中に食べ物を押し込むような、そんな食べ方だったのだ。けれど、油田掘削所での食事をほおばるハンナは、生き生きとしている。心の変化と共に、少しずつ心の封印を解いてゆく様子が、食事の場面によって、見事に表現されているのである。そこにはやはり、「生きる」ということが、ただ生を繋ぐことではなくて、「生きよう」とする心情がよく表れているように思うのだ。もちろん、簡単に封印が解かれるわけではない。物語は、これからのさらなる困難を予期させながら、おしまいを迎えるのだ。そして、ハンナの変化は、きっと終わらない。

4862340601あなたになら言える秘密のこと
イサベル・コイシェ 藤井 清美
アーティストハウスパブリッシャーズ 2007-02-02

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