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2007.02.09

冬の少年

20061124_4030 ほんの悪戯だったはずなのに。ちょっと得意がってみせたばっかりに。子ども心にめぐらせた空想やささやかな嘘といったものは、ときとして人生を大きく変えてしまう。幼い少年の心に巣喰うそれらは、いつしか癒えぬ傷を残し、どこまでも深く疼いてゆくのだ。エマニュエル・カレール著、田中千春訳『冬の少年』(河出書房新社)は、そんな恐ろしさを秘めた物語である。少年の感受性の豊かさが招く様々な出来事は、彼の想像を遥かに超えて、いつしか多くの人を巻き込んでしまうことになる。だが少年は、その罪深さをまだ知らない。逃れようもなかった現実にすら、気づいてはいない。何しろ、彼はまだ幼かった。世の中に溢れる醜悪なことを、あまりに知らなかったのだ。

 主人公のニコラという少年は、小さく目立たない存在だった。そんな彼が、親の過保護により途中参加でスキー教室に向かったことから、物語は始まる。こともあろうことに、ニコラは荷物すべてを車のトランクに忘れてしまうのだった。教師たちは半ば呆れつつも、父親からの連絡を待つことにするが、肝心の連絡がいつまでもつかない。そのため、ニコラはクラスのリーダー格の大きな少年ホトカンから、パジャマを借りることになるのだった。いじめられるも、おどおどするも、このホトカンの一喜一憂にかかっているニコラ。彼の気を引こうと、いろんなことを試みてみるうちに、事態はとんでもない方向へと進んでしまうのであった。けれど、彼はまだ知らない。あまりにも知らない。

 ニコラのような少年にとっての現実世界は、クラスメイトと教師との関係性だけである。つまりは学校生活が主体。その中で顔色を伺って行動し、無駄な言葉を発しない。そんな徹底ぶりが、彼の身の安全を確保し、彼を余計に空想の世界に耽らせる。めぐらせた思考は、どこか現実離れしつつも、どこで起きてもおかしくないもの。ちょうど性的なことを意識し出す年頃のせいか、あらぬ想像だってめぐらせる。感受性豊かな少年時代において、周囲で起こる様々な出来事や噂話、ちょっと耳にした事柄などは、絶好のエサでもある。読み手であるわたしたちは、少年の繊細な心を捕らえるそれらに寄り添いながらも、その白昼夢のリアルさに不穏な空気を感じて、はらはらするばかりだ。

 ニコラが知らなかったこと。あまりにも知らずにいたこと。物語では明らかにされないそれらに対して、思わぬ想像を掻き立てる展開が待っている。ニコラのめぐらせた空想や、リアル過ぎる白昼夢。もしかしたら、それがまさに真実かも知れないし、或いは新たなる深い真実がこれから用意されているのかも知れない。それを読者に委ねるかたちにしているところが、何とも心憎い演出である。だからこそ、読後のもやっと残る感じがたまらなくいいのだ。冬の霧の中を彷徨うように、危ういながらもどこかやわらかに包まれているような。そっと誰かから見守られているような、そんな心地。よい作品と出会ったと、素直に思える1冊だった。ちなみにこの作品は2000年に映画化されている。

4309203272冬の少年
エマニュエル カレール Carr`ere Emmanuel 田中 千春
河出書房新社 1999-10

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