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2007.02.20

弱法師

20041113_644060 しとやかに降る雨。それは、叶わぬ思いに似ている。そして、思いは募れば募るほどに狂おしく、その美しさを増す。身を滅ぼすほどに激しく募った恋情は、止むことを知らない雨のように、次から次へと涙を誘い、胸を震わせてゆく。古典の能をモチーフに散りばめて描かれた、中山可穂著『弱法師(よろぼし)』(文春文庫、文藝春秋)は、そんななんとも切なくしめやかな美しさのある中篇3つを収録している1冊だ。読み進めれば進めるほどに、物語の深く激しい恋情の渦に呑み込まれてしまう。しとしとと染みゆく思いは、やがてじわじわと読み手の心にも侵食し、思わず「恋とは恐ろしや…」と呟かせるほどである。そして、わたしたちは恋を止めることができない。

 表題作「弱法師」。治らぬ病に冒された少年と、その義父との微妙なる関係を描いた作品である。少年の母親と宿命的な恋に落ちたものの、次第に少年に魅了されてゆき、互いに叶わぬ思いを密やかに抱える様子が鮮明に語られる。エリートの医師の転落人生とも言うべきか。少年の見せる二面性は、病ゆえのものなのか。思春期特有のものなのか。周囲を巻き込んでゆく展開にはらはらとする。また、どんなかたちであれ、人を激しく乞うということが、危険を孕んでいるということを痛感させられもするのだった。けれど、少年らしい乞いとも言うべき、少女とのやりとりに、ほんの少しの安堵を噛みしめつつ、やはり悲痛さを感じずにはいられない物語だと思うのだった。

 次に収録されている「卒塔婆小町」。美しい編集者の愛を得るべくして、小説に身を捧げた作家の物語である。報われない思いを抱き続けることは狂おしい。また、愛されつつも愛することができないことも、なんとも苦しいものである。恋愛が成就することは、奇跡のようなことだけれども、ここまでずるずると引きずられるような乞いは通常ならば、とてつもなく無様に違いない。だが、これは物語。無様な姿だって、実に見事に美しく読ませてくれるのだ。身を滅ぼしてもなお、思い続けるような執念の恋情。これを究極と言わずになんと呼ぼうか。実ることを知らないこの不毛さこそ、恋愛の醍醐味と言えよう。死ぬまで引きずってこそ、本物の恋なのかもしれない…。

 最後に収録されている「浮雲」。これは、少女の視点から、父と母、伯母の不可思議な密な関係を描く作品である。ここでの思いは複雑に絡み合って、内なる悲しみを呼ぶ。父と母の馴れ初めに纏わる小さな謎が、大きな秘密を顕わにしてゆく展開である。少女の繊細な心が淡くも脆く崩れゆくのを思うとき、周囲の大人たちのそれまで張りつめてきた気持ちを痛感させられるのだ。そうして、静かなる思いこそ激しく、内に秘めた思いこそ熱いことを知る。能面の下に隠された表情を垣間見たような、人の二面性を知ったような、そんな気がする物語である。それでもわたしたちは、恋することを止めることなどできやしないのだ。それがたとえ、死に至るものだとしても。

4167726017弱法師 (文春文庫 な 53-1)
中山 可穂
文藝春秋 2007-02

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