« ひとり暮らしの のぞみさん | トップページ | あなたになら言える秘密のこと »

2007.02.27

夜、空をとぶ

20070226_55003 かつて子ども時代に信じていたもの。心の片隅に抱え込んでいた痛みのようなもの。恋しいものに対する乞いのようなもの。それらを彷彿とさせる物語がある。ランダル・ジャレル著、モーリス・センダック絵、長田弘訳による『夜、空をとぶ』(みすず書房)である。詩人として知られるジャレルの紡いだ物語は、読み手を魔法で包み込むようにして、するりとその世界に入り込ませてくれる。また、センダックの繊細なタッチで描かれる少年の絵は、どこか母胎の中の赤子を思わせて、モノクロなのにもかかわらず、懐かしいあたたかさを感じさせてくれるのだ。この“詩人が贈る絵本”シリーズは、大人こそ読むべき本であり、その味わいをいつまでも噛みしめたくなるものばかりが揃っている。

 少年は夜になると、空を飛ぶことができる。けれど昼間、夜の間の記憶はない。朝になって、なんとなく疲れた心地がするのと、少しばかり寝坊をするくらいだ。もちろん、両親は、そのことを知らない。少年は夜、空を飛びながらいろんな光景を目にし、様々なことを発見して学ぶ。とりわけ、フクロウとの出会いは、少年にとってかけがえのないものとなるのだった。それが夜だけのものとなるのが、惜しいくらいに…。昼になれば、少年の中には、曖昧にぼやけたものしか残らない。それでも、なんらかのかたちで、少年の中で何かが変化するのを、わたしたちは読み取ることができるだろう。少年の言葉の端々や、思考の中、母親に対する思いなどから。

 空を飛ぶこと。それは、子どもの頃の大きな夢の1つだろう。いや、子どもだけではない。人は空を飛ぶことを夢見て、大空を目指した。誰もがそうではないにしろ、確かに空を夢見ていたように思われる。けれど、この物語の中での少年は、決して空を飛ぶことを夢見てはいない。むしろ、飛んでしまう自分というものを、持て余している感じがするのである。眠れずに飛んでしまうこと。それについての満たされない思いばかりではなく、何かもっと別な思いを抱いているかのようにさえ感じられるのだ。心に抱えた満たされない気持ちは、痛みとなって、やがて子ども心をちくりと刺激し、物語をミステリアスなものへと変えてゆくほどでもある。

 そして、夜の空は孤独でもある。それでも、この物語に希望がないわけではない。ジャレルは、決して子ども心を裏切ったりはしないのだ。まるで、魔法でも使えるかのように、読み手をぐいぐいと謎めきから救い出してくれる。もちろん、孤独からも。満たされない思いからも。理由なき乞いさえも。まるごとすべてを包み込むように。そして、センダックの描く絵は、物語をさらに深いものへと導いて、そっと懐かしい記憶を呼び起こしてくれるかのようであるのだ。眠れない夜に、月明かりを感じながら、そっとこの物語を思い出すとき、わたしたちはきっと、懐かしいぬくもりと共に、じんわりとほのかな痛みを感じることだろうと思う。それも格別にやわらかな。

462204725X夜、空をとぶ
ランダル ジャレル Randall Jarrell Maurice Sendak
みすず書房 2000-11

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« ひとり暮らしの のぞみさん | トップページ | あなたになら言える秘密のこと »

58 海外作家の本(アメリカ)」カテゴリの記事

69 アート・絵本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/14070545

この記事へのトラックバック一覧です: 夜、空をとぶ:

« ひとり暮らしの のぞみさん | トップページ | あなたになら言える秘密のこと »