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2007.02.02

少年たち

20061110_44014 どこか懐かしさを呼ぶ光景。それに魅せられて、しばし追憶に耽る。心地よいまどろみと共に。冬のつんざくような寒さに、ほんのりと春めいた風を感じながら。まさに至福の時。チェーホフ・コレクションシリーズの、アントン・P・チェーホフ作、エカテリーナ・タバーフ絵、児島宏子訳『少年たち』(未知谷)を読むと、そんな時間を楽しめる。収録されている「少年たち」と「小さな逃亡」は、いずれも子ども時代の感覚を刺激する作品で、物語の端々に思わず笑みをもらしてしまうのである。わたしたちがいつだったか思い描いていたこと。夢見ていたこと。どきどきわくわくしながら、胸をふくらませていたこと。そういったことが描かれているのだ。

 「少年たち」。この作品には、アメリカへ行くことを夢見て、逃亡を計画する2人の少年が描かれる。これまで興味を持っていたことに見向きもせずに、少し背伸びして見せる少年の姿や言動が、なんだか妙に可愛らしく映る。周囲がふと、子ども染みた世界に見える瞬間というものが、確かにわたしにもあったなと思い出す。ほんの少しの背伸び。それが人としての成長というものなのだろうか。少年たちの冒険が、いつの日かなんらかの糧になり、振り返る日が来ること。そういう日の愛おしさを、じんわりと思ってはっとする。わたしも確実に歳を重ねているということに。もう、大人になってしまったということに。今、生きているということに。

 「小さな逃亡」では、幼い少年が一人病院で過ごす時間が鮮明に描かれている。親と離れるということ。いわば、その分離不安というものの心の動きを、切実に思う展開だ。病院で過ごす一夜。たった一夜。されど一夜。小さな胸の鼓動が、とくんとくんと伝わってくる。少年が経験した出来事。それがさも読み手である、わたしの経験であったかのようにすら思えるくらいに。そうして、少年の記憶とわたしの記憶を重ね合わせて、ほんのりと厚みを持たせてみるのだ。少しでもしゃんと立っていられるように。もう少しでも強くいられるように。歳を重ねてもなお、弱い部分があることをひしひしと感じながら。わたしという存在を愛おしく思うのだった。

4896421787少年たち
アントン・P. チェーホフ 児島 宏子
未知谷 2006-12

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