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2007.02.22

かくも長き不在

20050223_009999011 始終漂う、虚しさの影。切実なまでの愛を描きながらも、そこに根ざす心の闇を切々と感じさせる作品がある。マルグリット・デュラス、ジェラール・ジャルロ著、阪上脩訳『かくも長き不在』(ちくま文庫)である。もちろんこれは、虚しいだけの物語ではない。ある一人の女性の、狂おしいまでの情念の物語である。けれど、作品に描かれていない部分を読み手に想起させ、やりきれない思いというものを痛いほどに感じさせるのだ。そこにある時間の経過と、忘れてしまいそうなほどに長い不在。その不在の意味を知るとき、待ち続けることの困難さと心の移ろいやすさを、まざまざと見せられたような心地になるのだった。

 カフェの女主人であるテレーズは、帰らない夫をずっと待ち続けている。生きているのか死んでいるのかもわからずに。女としての盛りを過ぎてしまった頃、夫にそっくりな浮浪者を見かけ、その口ずさむ歌に心奪われる。やがて、その浮浪者が記憶喪失であることを知ったテレーズは、それが夫であると信じ込み、彼の記憶を呼び起こそうと懸命に呼びかける。テレーズのひたむきな愛情は、行方知れずの夫に向けられたものである。浮浪者が夫であると信じるからこそのものだ。けれど、彼はそれに応えてはくれない。ぼんやりと、うつろなままで、「わからない」と繰り返す。報われない思いと、取り戻せない過去と、そのすれ違う心がなんとも悲しい。

 物語に漂う虚しさや悲しみは、女心というもののやりきれない部分を見事に描き出している。その思いは究極の片想いとも言うべきか。一方通行の思いは空回りし、その思いを向けられた相手にとっては、ただうるさく響くだけである。たびたび物語に登場する音楽は、それをさらに助長するように哀しみの色を奏で、この物語の背景にある悲劇的な結末を無意識に予感させる。かつての幸せだった日々。それが戻らないこと。どうしたって築きなおせるものではないこと。すべてが徒労に終わってしまうこと。けれど、わかっていても抑えきれない思いがあること。現実の厳しさを感じさせつつも、女性の強さを物語は語ろうとしているように感じられる。

 この作品。シナリオ形式で書かれており、映画化された際の写真が端々に散りばめられている。映画では、戦争の影を置いたものに仕上がっているようだが、こちらではそういうものはほとんど感じられない。浮浪者となった男性の記憶喪失の原因となるところも、多少異なっており、映画とはまた違ったかたちで、楽しめる作品になっている。浮浪者と出会ったときのテレーズの険しさ漂う表情や、その心の葛藤、悲しみに満ちた目、そういうものが文字だけでなく映像として目の前にあることで、イメージがわきやすく、読み手を裏切らないつくりだ。シナリオ形式で書かれたものが苦手な人でも、すんなり物語の世界に浸りきることができるだろうと思う。

448002736Xかくも長き不在
マルグリット・デュラス ジェラール・ジャルロ
筑摩書房 1993-04

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