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2007.02.08

異邦人

20051109_006 じりじりと照りつける太陽。その下で起きる出来事に、不条理の色が射す。何らかの怒りでも憎しみでもない。衝動と呼ぶには、あまりにも冷静で。どうかするとすべては曖昧に変化してゆく。核となる男の認識は、どこまでも一貫した論理的な部分を欠如している。それが、彼の無意識や本能によるものなのか。それとも意図的にしていたことなのか。わからない靄はじりじりと照りつける灼熱の太陽によって、さらなる深みにはまってゆく。そうしてわたしたちは、そのたどり着くところを知らないのだった。カミュ著、窪田啓作訳『異邦人』(新潮文庫)。この短くもテーマの濃い作品は、手に取るたびに新たな思いを疼かせる。例えば、わたしの知らないわたしを。あなたの知らないあなたを。

 わたしの知らないわたし。そんな要素をきっと誰もが抱えている。確信的にも、無意識のうちにも。わたしという主観と周囲が決めるわたしという客観は、当然のことながら異なるだろう。それゆえ、相反するわたしというものが、生きる上で始終付きまとってくる。いくら当の本人であるわたしが「違う」と言ったところで、多くの人々が揃って「いいや、違わない」と言ったとしたら、多くの者の言うところの客観の力には叶うことはない。ここでは、もはや真実や事実というものが何の役にも立たないのである。集団は恐ろしや。客観性とは強しもの。そんなふうにわたしが感じているのは、自分という存在のちっぽけさを痛感しているからに他ならない。個とは、ときに無力なものである。

 さて、この「異邦人」という作品の主人公ムルソー。彼は、母の死に涙しなかったこと。葬儀の翌日にハメを外したこと。そのあげくに、女性がらみで友人が敵視していた相手を殺害してしまったことによって、罪人となった。人を殺めたことについては、やはり罪人に違いない。けれど、彼には動機らしい動機というものがなかった。一人の人間として欠けているものがあったとしても、それイコール罪人とはならないはずである。だが、物語の後半は終始ムルソーをどこまでも憎々しい罪人として、周囲に祭り上げられていく。彼自身が不条理の塊なのか、彼を罪人にした周囲が不条理の塊なのか。その境界がわからずに、わたしは2つの渦の中に呑み込まれそうになった。

 読んでいるうちにわかるのは、物語の結末とは相反するように、これを書いている著者が、ムルソーを無実だと感じていることだった。どこまでも深く強く。そうやって彼を最後まで信じていたのは、他でもない著者一人きりだったのではないだろうかと思えるほどに。世の中のすべての人。彼らがムルソーを罪人と言っても、きっと著者にとってのムルソーは、無実の人なのだ。動機について「太陽のせい」と言ったムルソー。彼にそう言わせた著者。そこに横たわる思いは、わたしにはわかることがないだろう。いや、わかってはいけないのだろうと思う。物語に寄り添いながら、不条理に揺れたわたしは、そっと胸の中にこの物語をしまっておくことにした。

4102114017異邦人
カミュ
新潮社 1954-09

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コメント

上手く表現できないのですが。カミュには伝統的な西洋の作家とは異なった【自然】があるように感じます。でも、僕には理解できないところの方が多いです。

ところで、うちの父は大学の卒論をカミュで書いたと言ってました。一体何を書いたのでしょう。

投稿: るる | 2007.02.10 17:21

るるさん、コメントありがとうございます!
わたしも理解できないところ、多いです(笑)
理解を深めようと「幸福な死」も読んでみたのですが、
なんだか余計にわからなくなってしまった感じです。古典は難しい!
お父様はすごい難解なテーマを研究したのですね。
もしや、サルトルと比較したりしたのでしょうか…気になります。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2007.02.11 15:28

いったいどちらが不条理なのだろう・・・
私も、読み返すたびにわからなくなります。
何度読んでもわからない
わからないけれども惹かれてやまない
そんな本がありますが、この『異邦人』も
また、そんな本の1位か2位に位置する本です。

トラックバックありがとうございます。
私のほうからも送らせていただいたのですが
なぜか反映されていないようなのです。
また朝になってからやってみますが、もしも重複されてしまっていたら
お手数ですが、削除、よろしくお願いします。

投稿: nadja | 2007.11.16 00:41

nadjaさん、コメント&TBありがとうございます。
本当に難しいですよね…。
読むときの心持ち次第なのでしょうか。
それとも、読み手の(心の)成長次第か。
はたまた・・・?

TB。無事届いておりました。
メンテナンス後、必要以上にフィルターがかかっていたようで、
すぐに反映されず、お手数おかけしました。
毎回毎回、本当にすみません。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2007.11.16 17:34

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なぜか夜中の4時に目が覚めて カミュの 『異邦人』 を読みはじめた この本をはじめて読んだのは、たしか10代になったばかりの頃 それから数えきれないほど開いてきたこの本 ページをめくる手がとまる場所は いつも 決まっている そのページだけ、手触りが違う そのページで、今朝もまた、手がとまる そこで日々はあふれだし どこか別の時空間に放り出されてしまう 好きだから読むわけではない 読まずにいられないから読む この本を読みたくなる時は・・・ ここまで書い... [続きを読む]

受信: 2007.11.16 00:35

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