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2007.02.24

タマや

20060905_55018 人間関係の連鎖とでも言うべきか。玉突きのように展開される、人と人との奇妙なる繋がりに、ただただ圧倒されるばかりで読んだ、金井美恵子著『タマや』(河出文庫)。もちろん、タイトル通り、猫の出てくる作品である。猫文学というよりは、猫のいる日常。猫と人間が交錯する作品と言った方が、しっくりくるかもしれない。そして、ただの猫小説に終わらないのは、作品のテーマとして描かれている、自分自身の正体というもの。つまりは、そのルーツという、果てしなく難しい事柄であったりするのだ。けれど、重たくなりがちなテーマを、ユーモアある設定と文体とで、一気に読ませ、ぐいぐいとその世界に引き込んでゆくのである。

 物語は、主人公である夏之が、アレクサンドルに猫を押しつけられることから始まる。そのアレクサンドルの姉というのが、父親不詳の妊娠中に借金と臨月の猫を残して行方知らずになっているである。父親というのは、もしかしたら夏之かもしれないし、彼女に惚れ込んでいるという異父兄弟の冬彦かもしれないし、他の誰かかもしれない。そんなわけで、なんとなく夏之のところへ転がり込んできた2人。なんだかんだと言いつつも、夏之の日常は様々なことに巻き込まれつつも、賑やかなものへと変化してゆき、思わぬところで新たなる繋がりを見せてゆくのだった。また、臨月の猫であるタマも、居心地良く夏之のもとで暮らすようになり、やがてその存在を大きくしてゆく。

 先に述べた、自分自身の正体というもの。いわゆるそのルーツ。物語の登場人物たちは、いずれもそれが曖昧である。主人公の夏之にしても、母親と離れて暮らした時期があり、父親の記憶というのはぼやけてしまっている。また、その異父兄弟である冬彦においては、産んだはずの当人が、その存在を長らく忘れていたくらいである。しかも、夏之自身もその存在を長らく知らなかったという有り様。また、アレクサンドルについても、ハーフということはわかっているにしても、それ以外のことは今イチ当人もわかっていない。行方知れずの姉との血の繋がりというのも、怪しいもので、定かなことではないのだ。そして、タマに関しても、孕ませたその相手はわからない。

 物語は冒頭から始終、生まれてくる子どもの父親の不在を意識させられる展開になっている。そして、自分自身の正体という謎めきをも。そもそも両親のはっきりしている場合に置いても、自分自身の正体なんぞ、かなり曖昧なものである。わかったつもりでいる自分自身のこと。それが一体、わたしたちの何割くらいのものだろう。他者から見た自分自身なんぞ、全くと言っていいほど知らないに等しいではないか。けれど、思う。知らなくてもいいことは、山ほど在ると。答えが果てしないことに、時間を費やす必要はどこにもない。知らないことが多ければ多いほどに、人への興味は尽きないものであるし、謎めいているからこそ、面白いのではないかと思うのだ。

4309405819タマや
金井 美恵子
河出書房新社 1999-06

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