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2007.02.04

子どもたちのいない世界

20050513_4009 人は忘れてしまう。子どもだった頃を。そのとき抱いた思いを。大人になった先から。或いは無意識のうちに。わたしたちを支配する思考は、じわじわと侵食されて、やがてやわらかさを無くしてゆくのだ。はっと気づけたのならまだ手はあるが、もはや手遅れという状態は数知れず。何しろ、気づくことすらできないのだ。自覚などない。あるはずもない。フィリップ・クローデル著、高橋啓訳による『子どもたちのいない世界』(みすず書房)を読みながらめぐらせた思いだって、近々消えてしまうだろう。あっという間に。だから、ほんの少しでも記憶の片隅に残すために、こうして紡いでゆくのだ。わたしはかつて、子どもだったと。わたしだって、かつて夢見ていたと。

 子ども。それを侮る無かれ。まやかしは通用しないのだ。世の中が悪意に満ちていること。叶わぬ夢があちこちにひしめき合っていること。魔法なんてないことを、子どもたちはちゃんと知っているのだから。大人の都合に合わせるばかりじゃ、やっていられない。子どもにだって、忍耐の限度というものがあるのだ。子どもたちはいつ憤慨してもおかしくない。だってほら、よくよく思い出してみて。いつだったか、あなただって、大人に怒りを抱いたことがあったはず。いくつも不満を並べて、言い出せない思いを呑み込んだことがあったはず。大人になんてなりたくないとか、一生子どもでいたいとか。そもそも大人や子どもという分類にだって、嫌がっていたはず。

 だから誓ったのだ。わたしは絶対に、子どもの気持ちのわからない大人にはならないと。それならいっそ、一生大人になんてならなくていいのだと。けれど、どうだろう。今のあなたは。今のわたしは。ここにいるのは、わかったつもりでいるあなた。そして、わたし。どうしようもなく身勝手で、気ままに生きているだけのわたしたちである。誰かに教えてもらわなくては、はっと気づくこともできないのだ。あなたもわたしも、かつて子どもであったこと。何かに夢中になっていた頃があったこと。何よりも、大人を憎んでいたこと。今のわたしたちは、そんなことをつい忘れてはいないだろうか。そして、堂々と子どもたちに向き合えるだけの器だろうか。さて。はて。

 物語を読みながら不安になったわたしは、懸命に子どもたちに寄り添おうとした。ただただ一心に読み耽って。そうすることでしか、何かを掴むことができないかのように。かつてのわたしが持っていたもの。それを手放したあの日。それに伴う追憶というもの。読み耽るほどに鮮やかに甦る記憶は、わたしにそっと耳打ちしてくれる。まだ間に合う。もう少し。あと少し。わたしは確実に近づいていると。子どもたちに。子どもだった頃に。大人になりきってはいけない。いつでもあの頃を忘れないように。どうかどうか無くさないでと。そうやって、少しずつ取り戻した数々の記憶は、小さな痛みと共にわたしの中に刻まれる。確かなものとして。ずっと。ずっと。

4622072572子どもたちのいない世界
フィリップ クローデル Philippe Claudel 高橋 啓
みすず書房 2006-11

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コメント

大人達に反発を覚えたまま、この年まで生きてきてしまいました(苦笑)しかし一方で、子供の頃、一番なりたくなかった嫌な大人に自分自身もなってしまったのではないかと思います。ゾッとしますね。

投稿: るる | 2007.02.06 14:32

るるさん、コメントありがとうございます!
わたしも大人に反発したまま…のクチでございます。
ヘンなところで大人で、妙なところで子どもで…困った人間です。
ちゃんとした人間に、いつかなれるんでせうか。。。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2007.02.06 15:10

いやあ、これも面白そうですね。是非、読みたいです!
そうそう、「少し変わった子あります」読了しました。最高に不思議で、ミステリアスで、不安になって、面白かった(笑)。変な感想ですね。なにより、ラストの含んだ恐ろしさが良かったです。
今、「銀のロバ」を読んでいます!

投稿: こもも | 2007.02.06 19:07

こももさん、コメントありがとうございます!
フィリップ・クローデルの本はとっても読みやすいですよ。オススメです。
「少し変わった子あります」、読んだのですね。
森さんの作品は苦手なのですが、これははまってしまいました。
「銀のロバ」の感想。ぜひ教えてくださいませ。楽しみにしてます!

投稿: ましろ(こももさんへ) | 2007.02.07 16:10

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