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2007.01.30

おがたQ、という女

20061027_44012 老いも若きも、長くも短くも、女の一生とは、なんとも切ない余韻を残すものだ。その時間が濃密であればあるほどに。胸をかすめるのは、はっとするほど儚げなものである気がする。藤谷治著『おがたQ、という女』(小学館)に描かれる女の一生もまた、そんな濃い生涯を紡いだ物語である。けれど、どこかしら、何かがヘンなのであった。主人公である女性が「おがたQ」なる名前であることも、ヒロインらしからぬ実にネガティブな思考も、その類い希なる才能も、翳りというには可笑しいくらいの生い立ちも…。その摩訶不思議なる世界に圧倒されて、ただただ読み耽った1冊である。読み始めたら最後、一気に読ませる語りだ。

 おがたQ。その正体は永遠の謎だ。それも、暗い謎に包まれているのだ。だからといって、これが暗い話かといえば、そうではない。むしろ、コメディーであるとすら思えるくらいに面白い。おがたQそのものが、そして、登場人物たちのキャラクターが、見事なまでに笑わせてくれるのだ。なにもジョークを言う必要はない。その言動。その思考。その行動自体が妙に可笑しいのだから。過ぎ去りし時代ゆえのものなのか。人間そのものがろくでもない存在であるのか。それとも、読み手であるわたしたちこそが愚かなのか。多くの問いが浮かんでは消えてゆく。そして、気づかされるのだ。足りない何かを。なくした何かを。戻れない場所を。鬱蒼とした現状を。

 例えば、確かに持っていたもの。それをなくした日。わたしは何を思っていただろう。ひたすらに見つかると信じていただろうか。それとも、さっさと諦めて違うものを信じ始めただろうか。一生を捧げるほどの執念など、抱いたことなどなかったかもしれない。そもそも、何かを信じていたことなどあったのだろうか。ものでも。人でも。たったひとつでも。愚かなまでに信じ込んでいた日々が…そんなことを考えてゆくと、おがたQの生きた日々は、新たな煌めきを放ち始めるような気がしてくる。目がくらむほどの輝きを持って。手の届かない世界を生きた、女神のような存在感を持って。どこかヘンだと。なんだかヘンだと思わせながら。

 何はともあれ、おがたQは永遠の謎であることに変わりはない。本当の名前すら知らないのだ。知っているのは、ここに紡がれたことだけ。どんな生い立ちをして、どんな生き方をして、どうなったか。それだけである。それでも、おがたQのことを少しでも知ってしまった人の中に、永遠に刻まれる。わたしたち誰もが、誰かの中に刻まれるのと同様に。その生き様ゆえに、多くの人の中に残るか。わずかばかりの人の中に残るか。それだけの違いである。何しろ、おがたQは永遠の謎なのだ。謎は謎のまま、一生心の奥底に秘めて抱えているのがよろしい。そして、おがたQについて知っている人だけでほくそ笑むのだ。こっそりと。密やかに。どこかヘンだと。なんだかヘンだと。

4093875146おがたQ、という女
藤谷 治
小学館 2004-07

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おがたQ、という女 藤谷 治  185 ★★★☆☆  【おがたQ、という女】藤谷 治 著  小学館  《変わったタイトル、読んで、おがたQに納得》  出版社 / 著者からの内容紹介より 「おがたQ」と名乗る主人公の謎の美少女の「おんなの一生」を、文化人の父・小林徳二郎になすがままの母、そのふたりが子育て放棄したため実質的な育ての親である沖縄県石垣島在住の神懸かり的な祖母・浦添マツ、そして大学の映画学科の愛すべき超まぬけ男・海野鉄男などくせのある登場人物などに絡めて描き出す。 ... [続きを読む]

受信: 2007.02.04 16:55

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