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2007.01.14

小鳥たちが見たもの

20070109_022 導かれる場所を知らない。知るすべもない。そういうときに浮かび上がる、漠然とした恐怖や不安は、なんとも切ない悲しみと孤独を呼ぶ。ましてや、幼い子どもの心にのしかかるそれらは、大人のわたしよりも何倍も、何十倍も大きなものになるのかも知れない。確かなことはわからない。確かにわたしも幼かったはずなのに、今抱える漠然としたそれらに押しつぶされてしまっているから。ソーニャ・ハートネット著、金原瑞人・田中亜希子訳『小鳥たちが見たもの』(河出書房新社)に始終付きまとうのは、まさに漠然としたそんな感覚である。9歳の少年の視点で描かれるそれらは、ささやかな日常の中で揺れに揺れて、読み手をぐいぐいと彼の心の奥底へと引き込んでゆくのだ。浸るように読ませる作品である。

 舞台となるオーストラリアの街では、行方不明になった3人の姉弟のニュースが話題になっている。迷子になったわけでもなく、捨てられたわけでもなく、忽然と消えた子どもたち。そのニュースは、9歳のエイドリアンの心にじわじわと得体の知れない恐怖と不安と悲しみと、孤独を感じさせる。それは、両親が離婚し、母親が心を病んだことから、老いた祖母と引きこもる叔父と暮らしていることも関係する。また、幼いながらにも、言葉の端々で感じ取れるのは、とある施設の子どもたちと自分とが近い存在にあるということだ。それは、エイドリアンの学校における立場というものや、性格上のことが大きく影響しているものの、その施設のクラスメイトの奇異な行動が、彼をいっそう苦しめるのだった。

 そんな中、傍に引っ越してきた少女ニコールと親しくなったエイドリアン。彼女とその妹と弟は、まるで行方不明の姉弟を思わせるが、その謎は謎のまま物語は続いてゆく。ニコールの子どもならではの言い回しや、秘密めいた様子は、読み手に対して、その謎を深めるのに充分である。けれど、物語そのものには、事件らしい事件は起こる様子がない。わからないことが多く散りばめられているせいなのか、冒頭の不可解なニュースがそうさせるのか、ただただ始終消えない漠然とした靄が立ち込めているのだ。その靄は、エイドリアンの心そのもののようにも感じ取れる。それゆえに、彼の心の動きひとつひとつに対して、読み手までもが揺さぶられ、不安にかられ、得体の知れない恐怖と孤独とを感じるのである。

 物語は、詩的な言葉で紡がれて終わりを迎える。その結末は、決して喜ばしいものではないが、冷ややかにも美しく感じ取れる。また、悲しみの中に希望が見受けられる。安堵さえ抱いてしまうほどのものなのだ。その奇妙な未知なる感覚というものに、思わずはっとさせられる。これを美しいと感じてしまったことに。これを希望だと感じてしまったことに。そして、何よりも安堵してしまったことに。わたし自身の心が向いてしまったところは、ひどく危険に満ちているというのに。こちら側とあちら側。生と死ほどに、両極端な世界に足を踏み入れてしまったかも知れないというのに。だが、思う。これほど美しいエンディングは他に知らない、と。そして、ぜひとも多くの人にこの美しさを耽読して欲しいと。

4309204708小鳥たちが見たもの
ソーニャ・ハートネット 金原 瑞人 田中 亜希子
河出書房新社 2006-12-12

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コメント

ましろさん、こんにちは!
久しぶりにましろさんにコメント出来て嬉しいです♪
ソーニャの作品、とてもとても素敵でした!
未だに本を開いて行きつ戻りつ読んでいます。
そしてましろさんの感想を拝見してまたうっとり…。
他2作品も近いうちに読みます。

TBまた上手くいかなくて…。
もう少ししてからまた試してみますね。
いつもごめんなさい。

投稿: リサ | 2007.08.10 17:16

リサさん、コメントありがとうございます!
ソーニャの作品、本当に素敵ですよね。
独特の空気感を漂わせていて、
読みながらぞくぞくしたのを覚えています。
わたしも手元に置いておきたいなーなんて思っております。
(いまだ、実現していないのですけれど…)

TBの件、もしかしたら、こちらの不具合なのかもしれません。
お手数おかけしてすみません!
また懲りずによろしくお願い致します。
こちらこそ、いつもごめんなさい。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2007.08.11 06:46

こんばんは、ましろさん。

ましろさんのレビューに助けてもらって
ようやくこの本の記事、書けました。

こういう本は・・・
好きすぎて・・・なのかな?
なかなか書けません(苦笑)

ましろさんの記事へのリンクと
トラックバックいただきました。
よろしくお願いしま~す♪

投稿: nadja | 2007.12.23 19:56

nadjaさん、コメント&TBありがとうございます。
わたしもレビューを書くときに、とても苦労しました。
物語の世界観に浸りすぎると、わたしはしばしそんなふうになります。
もっとも、最近はどんな作品に対しても、
言葉にするのはひどく難しいのですが・・・。

こちらからもTBさせていただきますね♪
nadjaさんのレビュー、楽しみに読ませていただきます。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2007.12.24 11:51

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» 『小鳥たちが見たもの』ソーニャ・ハートネット [ひなたでゆるり]
小鳥たちが見たもの ソーニャ・ハートネット/河出書房新社 両親と別れ、祖母と暮らす少年エイドリアン。街では、行方不明になった子どもたちのニュースが流れている。子ども特有のねじれた感性と、残酷な優しさが向かった予想外の結末とは…。詩的な筆致で描かれたサスペンス小説。どうする術もなくこの結末を迎えねばならぬこと。ひたひたと押し寄せる予感めいたもの。けれども小鳥たちの見ていたものはもっともっと静謐なその時だったこと。それは音もなくただ静かに訪れる。 始めから漂わせる不安めいたもの。それは払... [続きを読む]

受信: 2007.08.15 23:36

» 小鳥たちが見たもの [L'espace du livre*]
空がぬけるように青く、日差しが猫のように柔らかな 秋も終わりに近い午後 アイスクリームを買いに出た3人の幼い姉弟 いつもどおり「いってらっしゃい」の言葉をかけた母親 あたりまえ だったはずの日常が壊れた 3人の姉弟は、そのまま帰らなかったのだ 店まで15分、往復で30分という時間 「3人の姉弟が行方不明になった」というニュース 聞いている9歳の少年エイドリアン エイドリアンが住んでいるのは 事件のあった場所から車で20分という距離 短くはない、けれども長いとも言えない時... [続きを読む]

受信: 2007.12.23 19:51

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