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2007.01.23

銀のロバ

20070123_006 春の朝、靄がかかったような白い世界に兵士は一人いる。手探りで人目を避けて森までたどり着いたものの、その先の足がかりは何もない。そんな中、兵士は2人の幼い少女たちに出会うことになるのだ。目の見えない兵士は、大人でも子どもでもなく、その中間に位置した佇まいをしているように思える。そして、少女たちが放っておけないほどの身なりで、なおかつ、とてつもなく空腹だった。やがて、兵士の存在を固く秘密にすると誓い合って、少女たちは自分たちの新たな秘密に嬉々としながら、兵士の元を訪れるようになる。戦争がすぐそばで起こっていることなど感じさせないくらいに、平穏なその森で。これが、ソーニャ・ハートネット著、野沢佳織訳『銀のロバ』(主婦の友社)のはじまりである。

 兵士という存在は、少女たちにとって新鮮だった。学校の授業で聞くどんな話よりも、兵士は素敵な話をしてくれるから。その話は、イエス・キリストの生誕に纏わるエピソードや、モンスーンを待つ人々の滑稽な姿を描く話、第1次世界大戦中の実話にもとづいた話、の3つ。どれにもロバが、キーとなる話をすることから、ロバに対する並々ならぬ思い入れの深さを感じずにはいられない。少女たちの関心は、語ってくれる話だけでなく、兵士が持っている小さな銀のロバへも向けられるのだが、これについての謎は深まるばかりだ。思わずわたしは、美しすぎる話のほころびを見つけたくなってしまったものの、どこにもそれを見つけることができなかった気がしている。

 3つの話は教訓めいたものではあるが、どれもすっと受け入れられるようなものばかりである。ときには、涙を誘うような話もある。ときには、人間の惨い行為に震えたりもする。とりわけ、戦争での話というのは、リアリティを持って語られているから、どこまでも恐ろしい心地になってしまう。また、その話と兵士の心持ちとが、重なり合う瞬間を感じて、胸にひどく疼く痛みを覚えてしまう。この物語は、それほどまでに生々しく描かれているのである。兵士の話から伺えるのは、わたしたちが考えるべきこと、まさにそのもの。人としてどうあるべきか。どう生きるべきか。そんな問いをも含んでいるように感じられた。愚かしい自分自身。それから目を背けてはいけないのである。

 物語は、兵士と少女たちの戯れに終わらない。兵士はいつかここを去らねばならないのである。それを意味することが悲しいことなのか、喜ばしいことなのかは、当人の行方次第である。それゆえに、わからない。わからないゆえに、悲しみの方を呼んでしまう。語りすぎないことで、読み手に考えさせるのだろう。この物語においては、知っておけばいいものだけを既に与えられている。だから後は、それをわたしたちがどう活かすか、だけである。わからないところを考えて、考えることで見つけて道を開いてゆく。そして、その先にあるものまで、手を伸ばせばいい。そうすれば、すぐ近くまでたどり着けるはずなのだ。ときには、そんなふうに勇敢になってみるのもいい。

4072497975銀のロバ
ソーニャ ハートネット Sonya Hartnett 野沢 佳織
主婦の友社 2006-09

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コメント

初めて訪問しました。
ワオー、猫だ!私も猫大好き。
週末移動するので、今は一匹しか飼っていないけれど、人生で猫を「切らしたこと」ナシです。
あなたの年代にしては、歯ごたえのある本も読んでいらして、うれしいです。
本って、さらりと楽しむものがあってももちろん良いけれど、時には格闘することも必要。
素直な感想に好感持ちました。

投稿: ハッチのライブラリー | 2007.01.23 13:50

ハッチのライブラリーさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
猫。お好きなのですね。“人生で猫を「切らしたこと」ナシ”の言葉に、
思わず笑みをこぼしてしまいました。ふふっと。

読む本は気まぐれなので、特に意識はしていないのですが、
本と格闘できることはわたしにとって、幸せな時間です。
今後も初心を忘れずに本を読み、何かを紡げたらと思います。
ぜひまた、いらしてくださいませ。

投稿: ましろ(ハッチのライブラリーさんへ) | 2007.01.25 17:18

この本、読みたいと思っていたんです。
ましろさんのレビューを読んで、ますます読みたくなりました!

投稿: こもも | 2007.01.27 10:46

こももさん、コメントありがとうございます!
ソーニャ・ハートネットの作品。いいですよね。
3冊どどどっと読みましたが、お気に入りの作家さんになりました。
こももさんがどんなふうに読まれるのか、楽しみです!

投稿: ましろ(こももさんへ) | 2007.01.28 16:42

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