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2007.01.25

木曜日に生まれた子ども

20070125_020 逃れようもない波が押し寄せてくる。生まれついたもとの運命を睨みつけようとも、どうしようもないくらいの勢いを持って。そんなときには、何をしても上手くゆかない。何にすがっても救われない。もがき足掻いてみせたところで、なんの解決にもならないのだ。だから、待つ。じっと。膝を抱えながら、波が退いてゆくのを待つのだ。ソーニャ・ハートネット著、金原瑞人訳『木曜日に生まれた子ども』(河出書房新社)は、そんなわたしの歯車をほんの少しあたたかにしてくれた。時間がとろとろ流れ、やがて波が穏やかになるまで。ゆっくりと。ゆっくりと噛みしめるように読んだ。だからこそ響いた先にあったものは、やわらかにわたしを包む。包み込む。これまでのわたしを。これからのわたしを。

 物語の舞台となるのは、オーストラリアの開拓地。厳しい自然の中で暮らす貧しい家族の日々を、一人の少女の視点で丁寧に紡いでゆくのだ。次々と起こる災難や大恐慌。それらによって、散り散りになる家族たちを見守るように、不思議な才能を持つ弟ティンが存在する。ある出来事をきっかけにして、ひたすら穴を掘り続け、ひとりで地下に暮らすようになりながら。物語は、悲しいのになぜか力強い雰囲気を漂わせ、清々しいとすら思わせる。そのあたたかさと。そのやわらかな心地。それがとてつもなく愛おしいものとして、わたしの中にとくんと入っていったのだった。そして、逃れようもない波と共に生きる姿を通して、わたしに囁きかける。まだまだ。まだまだ、と。

 ティン。彼こそがタイトルの「木曜日に生まれた子ども」。その名の響きを聞くだけで思い出す。彼の存在を。彼のいる土の冷たさを。ティンは何も話さない。ティンは一緒にいない。それでも、ティンがいつでも寄り添うようにすぐ傍にいると感じるのだ。それは、血の為せるわざを超えている。もはや、ただの血の繋がりだけじゃない、何か。家族愛と一括りするには困難な、何か。そういうものを伝えてくるのだ。「ティンの不在」という明らかなる事実。それを覆うように、誰もがティンのことを覚えている。だからきっとティンも、誰かのことを感じている。思っている。それゆえに、苦悩する。それゆえに、胸に響くものがあるのだろう。そして、何より愛おしいのだろう。

 この想いは、語りが為せるものなのだろうか。それとも、ティンという人物そのものに、魔法のような力が備わっているのだろうか。いや、魔法でも何でもいい。その正体など、知りたくない。この物語のことを、いつまでもそっと覚えていられるのならそれでいい。逃れようもないくらいに、わたしは今この物語に浸りきっているのだから。もはや、上手くゆかない日常と、刻々と流れる時間と、報われない想いと一緒くたに、まるごと包まれた心地になっているから。いつかは来る、時間の流れ方が変化するときを待ちながら、ひたすらに逃れようもない波を感じるのだ。そうして、たどり着いた先に、わたしの欲しがったものたちが見えてくる。きっと、見えてくるはずだと信じていたいのだ。

4309204066木曜日に生まれた子ども
ソーニャ・ハートネット 金原 瑞人
河出書房新社 2004-02-17

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