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2007.01.29

リンさんの小さな子

20070109_007 悲劇は繰り返される。いやというほどに、何度も何度も。絶望に苛まれるように。それに対して奇跡は、そう何度も起こらない。夢見心地に、ごくわずかだけ。そして、ほんの一瞬で消える。だからこそ、奇跡は特別な煌めきを持って、わたしたちのところへやってくる。そっと。ひそやかに。儚く散るさだめのように。フィリップ・クローデル著、高橋啓訳『リンさんの小さな子』(みすず書房)を読みながら、そんなことを思っていた。物語はまさに悲劇の幕開けであり、同時に奇跡をも呼んだからである。けれど、抑制の効いた文章は、描かれない闇の部分をいつでもすぐ傍に横たえ、どうかするとその中に呑み込まれる予感を伝えてくる。これが悲劇であると、忘れさせないために。

 リンさんは、生まれて間もない孫娘を連れて、異国の地へ難民としてやってきた。見たこともない街並み。聞いたことのない言葉。何もかもが母国とは異なる場所で、呆然となる。だが、いつまでも呆然としてはいられない。リンさんには、小さな孫娘がいるのだ。彼女をちゃんと育てていかねばならない。だから、来る日も来る日もリンさんは散歩を続けて、ある太った男と親しくなるのだ。親しくなると言っても、言葉は通じない。お互いの名前も知らない。だが、確かに彼らは通じ合っていった。ゆっくりと。でも確実に手応えを持って。お互いの寂しさを埋めてゆくように。深いところで繋がってゆくように。そうして出来た絆は、彼らの生きる希望となってゆくのである。

 彼らは一緒の時間を過ごす。男が語れば、リンさんはじっと話を聞いている。何を語っているのかはわからなくとも、その響きや声に耳を澄ませるのだ。その心地よさに応えるように、リンさんは歌う。歌の意味はわからずとも、気持ちは男にも伝わる。魂が触れ合って、彼らを包み込む。そんなもどかしいながらも、心のあたたまる瞬間が描かれてゆく。ときには手を取り合い涙し、そうして深まる二人の絆。すやすやとそれを見守る、リンさんの小さな子。なんとも愛おしい奇跡の展開である。そんな中、新たに起こる悲劇は、二人にさらなる奇跡を呼ぶのであった。奇跡を超えた奇跡とでもいうべきそれに、思わず涙腺をゆるませずにはいられなくなる。

 この物語に、具体的な国名や言語はいらない。ただ、二人の人間が出会い、心を通じ合わせ、強い絆で結ばれた…それだけでいいと思うのだ。様々なしがらみや、歴史的背景なんて無関係なほどに、彼らは思い合い、語り合ったのだから。言葉を超えて結ばれた関係に、しがらみはいらないのだ。必要ないのだ。きっかけはどうあれ、結末はどうあれ、わたしはこの奇跡に心から感謝したいくらいである。そして、その後の物語を想像してみる。リンさんの小さな子は、やがて二人の絆をさらに深めてくれるだろうと。2つの言語を学び、2つの心を映し、2つの魂を繋いでくれるだろうと。そして、癒えずにいた傷を、やわらかにしてくれるだろうと。

4622071649リンさんの小さな子
フィリップ クローデル Philippe Claudel 高橋 啓
みすず書房 2005-09

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