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2006.12.01

草之丞の話

20060712_008 もどかしくて、愛おしくて、ほんのりと哀しくて。いくら思い合っていようとも、別れというのは突然やってくる。不意をついてやってくる。そんな儚くも淡い夢の出来事のような物語が、江國香織・文、飯野和好・絵による『草之丞の話』(旬報社)である。以前、活字だけでは『つめたいよるに』(新潮文庫)という短編集で読んだことのある物語なのだけれども、絵本版の方は、また違った意味で味わい深い。強いまなざし。強い思い。確かに在る、という感覚が鋭利なまでに胸に響くのだ。ずん、ずん。まさにそういう雰囲気を醸し出して、読み手をぐいぐい引き込んでくる。この物語は、こんなにも強かったのだっけ。こんなにも奥深いものだったっけ。そう驚かされたわたしだ。

 草之丞。彼は侍である。しかも、幽霊である。母と子二人きりの生活を、ずっと見守り続けた男でもある。幽霊ながら恋をし、今を生きる女性を愛し、そして子をつくった草之丞。十三歳となった息子の前に突然現れた草之丞は、まるで長く暮らした家族のように僅かばかりの日々を家族そろって過ごす。けれど、侍のいた時代ではきっと十三歳という年齢はもう一人前なのだろう。息子に愛する女性をたくすように別れを告げる日がやってくる。そう、彼はやはり幽霊なのだった。アジが大好きな、侍の男なのであった。加えて、男の中の男なのだった。だからこそ、潔い。見事なまでに、潔い。女の涙で揺らぐような男ではないのだ。決めたことは実行する。なんともいい男なのだった。

 物語は、息子の視点から描かれているのだけれど、わたしはどうやら草之丞に惚れ込んだ母親目線に近い状態で、読んでしまったようだ。命日にそっとアジを持って、五月には供養をかかさない姿。ひっそりと、こっそりと、でも切実に誰かを想いながら生きている凛とした姿。女手一つで暮らしてきた強さを持ちながら、ただ愛する。生を選んで、ただ愛する。そこにはきっと、いつでも見守っているはずの草之丞の姿があったのだろう。確かな存在ではなくとも、幽霊であろうとなかろうと、ただ愛する。その大人の愛。これは、気高き愛に違いなく、わたしの知らない愛なのにもかかわらず。草之丞に惚れていた。草之丞に愛された女のごとく、いつのまにか包まれた心地になっていた。

 在る。そう感じたのは、きっと絵本版だからこそだ。草之丞と彼が愛した女性の見つめ合う表紙。まずは、そこからこの物語の強さを思わせてくれる。声なく佇み、じっと見つめ合う。その時間の長さをも感じさせるような絵なのだ。視線が強い。いつでも強い。嗚呼まさにこれこそ、草之丞だ。そう納得させられる。そして、その生き様を、その心持ちを、そのぬくもりをも感じさせてもくれるのだ。絵の力というものに、圧倒される。淡く儚げな物語が強さを持ち、凛々しさを増す。もどかしくて、愛おしくて、ほんのりと哀しくて。でも、それだけじゃない何か。それだけじゃ終わらない何かを、ふと思ってしまう。あれこれと思考をめぐらせてしまう。これは、そんな一冊なのだった。

4845106612草之丞の話
江國 香織
旬報社 2001-07

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コメント

中国からの留学生です。このスペースに会ってよかったと思っています。

投稿: gigikin | 2007.07.17 13:16

gigikinさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
ぜひ、またいらしてくださいませ。

投稿: ましろ(gigikinさんへ) | 2007.07.21 07:51

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