« 夏の力道山 | トップページ | 潤一 »

2006.12.27

誰よりも美しい妻

20061017_007 幸せと不幸せを天秤にかけるとしたら、わたしは間違いなく不幸せを選ぶだろう。生と死だったら、迷わず死を選ぶだろう。実際問題としては幸せを望みたいし、生き抜いてみたい気持ちはある。けれど、幸せになることに慣れていないわたしは、正直それをひどく怖いと感じている。生き抜く上での確固たる覚悟のようなものが、希薄でもある。だから、井上荒野著『誰よりも美しい妻』(マガジンハウス)を読みながら、ただただ圧倒されてしまった。その確固たるものに。その確信に。その自信に。タイトルの“美しい”というのは、表面的なことではなくて、きっとまさにそういう内面の強さのことなのではないか、と痛烈に思ったのだった。そしてそれは、確固たるものに対する憧れでもあるのだろう。

 美しい妻である園子は、ヴァイオリニストの夫と暮らして十二年になる。夫との間には息子がいる。けれど、夫には先妻がいて、若い恋人もいる。そして、ひそやかながら園子に心を寄せる夫の親友もいる。そんな境遇の中で、それぞれに孤独があって、迷いがあって、何よりも強い愛がある。もちろん、淡い恋もある。園子を中心にして語られる物語は、ゆるやかにもしっかりと、それを伝えてくる気がする。そして、その匙加減がなかなか絶妙なものだから、ぐいぐいと引き込まれ、後半部分では実にはらはらさせられ、ときどき園子と一緒に夜に浸りたくなってしまうのだった。わたしにとって、眠れない夜ほど孤独を感じさせられるものはないし、その心を埋めるのは園子と同様に本だからである。

 眠れぬ夜。園子は本を読む。本の世界に浸っていられれば、現実を忘れることができるから。本は睡眠薬的役割をもたらして、時間を埋めてくれるから。うまくゆけば本を読みながら、夢だって見られるのだ。園子は、そうして眠れない時間と読書の時間とを同じように考えて、自分自身を睡眠過多なのではと考える。あるときは、本を読むことを中毒症状のようにすら感じている。そして、むさぼるように本を読む自分は、死へ向かっているのかも知れないとすら思うのだ。その思考回路は、まさに読み手であるわたし自身と重なっていて、なんともはっとさせられ、同時に安堵させてくれた。本に求める自分の思いが不思議なことではなく、園子の弱い部分を垣間見た気がしたからである。

 そう、先にも述べたように、園子は強い女性である。外見だけじゃなくて内面も強い女性なのである。不埒な夫が戻ってくる場所は、自分のところであることを確信している。自分の美しさを知っている。その確固たる自信の中に、ふと見つかる弱さ。それもまた、園子を美しく思わせる。何にもならずに、ただ夫の妻となった女性。そして、それを疑わない女性。ときどきはそんな日々を取り戻したいと思いつつも、それでも信じ続ける女性。死を持って、生を祈るような女性。同時に生を持って、死を祈るような女性。そんな確固たるものを感じさせる姿は、やはり凛としていて憧れる。ただ、これは読み手であるわたしの主観だ。“美しい”の基準は人それぞれであるのだから。

483871632X誰よりも美しい妻
井上 荒野
マガジンハウス 2005-12-15

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« 夏の力道山 | トップページ | 潤一 »

04 井上荒野の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、ましろさん。
読書というのは、読み手がどんな状況かで随分変化して
受け取るのかをましろさんのブログを読むたびに感じて
います。
私などノウテンキな気分で読んでいますが、それでも
似た状況などの本に出会うといたく感動したりします。
人間は、なぜ本を読むんでしょうか。
やはり、生きている実感をつかみたいと思っているから
ではないでしょうか。

投稿: モンガ | 2006.12.30 00:29

モンガさん、コメントありがとうございます!
そうですね。読み手の心持ち次第で、読み方は変わってしまう。
同じものを読んでも、受け取り方はそれぞれですよね。
「人はなぜ本を読むか…」難しいですね。
わたしはきっと、心を埋めるために、なんでしょうけれど、
なんらかの実感もつかみたいのかもしれませんね。

投稿: ましろ(モンガさんへ) | 2006.12.30 17:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/13226577

この記事へのトラックバック一覧です: 誰よりも美しい妻:

» 誰よりも美しい妻  井上 荒野 [モンガの独り言 読書日記通信]
誰よりも美しい妻 井上 荒野  212 ★★★☆☆  【誰よりも美しい妻】 井上 荒野 著  マガジンハウス  《本の表紙のバレエのトウシューズが美しい》  出版社 / 著者からの内容紹介 誰よりも美しい妻は、幸福なのだろうか、不幸なのだろうか。 今、注目の作家、井上荒野(あれの)の最新作。昨年、『潤一』で第11回島清恋 愛文学賞を受賞し、その後『だりや荘』『しかたのない水』とたてつづけに秀作 を発表してきた著者が、満を持して世に問うのがこの長篇恋愛小説です。マガジ... [続きを読む]

受信: 2006.12.28 13:32

« 夏の力道山 | トップページ | 潤一 »