« 幽閉 | トップページ | 母の発達 »

2006.12.11

井戸の底に落ちた星

20050815_153 読めば読むほどに、何かを掻き立てられる文章。わたしの中には、曖昧ながらこう書きたいという理想のかたちというものがあって、それがまさに手に取った書物に描かれている場合、なんとも言えない歓喜と嫉妬が同時に芽生えることがある。表現方法だったり、文章のリズムだったり、それらは多岐にわたるのだけれども、小池昌代著『井戸の底に落ちた星』(みすず書房)には、まさにそういう要素すべてが含まれていると言ってもいい。書き下ろしの短編小説と書評、詩、エッセイからなる本書は、“本をめぐる本”である。その奥行きと、どこまでも深い思考に、わたしは魅せられずにはいられない。いや、もう既に読む前から魅せられていたのだと思う。

 濃密な時間。わたしはそれを、本に求めている。文章を紡ぐことにも求めているが。けれど、めぐりめぐって考えてみると、その独りよがりにも近い孤独さに、しばし押しつぶされそうになる自分がいることに気づくのだ。濃密な時間は、ただ愛おしいだけでは終わらない。決して、楽しいだけではないことに。本に翻弄されるように憎しみを抱き、悲しみに暮れる。そうして、あたかも自分が体験したかのように、記憶のすり替えを行うことにも繋がってゆくのかもしれない。やがて、<わたし>という輪郭もあやふやにぼかされて、わたしの思考は著者の紡いだ文章に侵食されてゆく。そんな<わたし>というものに、存在意義があるのだとしたら、妙な話である。

 書き下ろしの短編である「海の本」には、まさにそんな思考をめぐらされる。本のある生活と、本のない生活。その狭間で揺れ動く感情。自分自身にとって本というものは、いかなるものなのか。本を読むこととは、いかなる糧になるものなのか。活字に囚われたわたしには、あまりにも痛烈な作品なのであった。部屋中を埋め尽くす本の数だけ、動きにくくなったこの身を、どうしたものか。荷物を多く持つということは、生きづらさを増すだけではないのだろうか。それは、本に限った話ではないけれども…。そんな問いが浮かぶ。物語の中で一冊ずつ海に本を流す光景は、あまりにも清々しく、だからこそ悲しみを誘うのだった。そして、本に甘える自分を責めたくもなるのだった。

 また、他に収録されている、書評や詩、エッセイも考え深いものばかりである。既に新聞や雑誌などで発表されたものばかりなので既読のものが多かったのだが、読み返してみて思うのは、やはり、この人の書く文章というものに強く惹かれる自分自身ばかりであった。そう、わたしはこの人の紡ぐ言葉のリズムが好きなのだ。書評を読めば、その本を今すぐに読みたいと思ってしまう。そういう感情は、盲目的なものかもしれないが、好きなものは好きなのだから、仕方がない。この思いをここに紡がずにどこに紡ごうか。“読めば読むほどに、何かを掻き立てられる文章”というものが、確かに存在していて、確かに今手元にあるという実感。それは、この上ない喜びである。

4622072564井戸の底に落ちた星
小池 昌代
みすず書房 2006-11

にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。
もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« 幽閉 | トップページ | 母の発達 »

21 小池昌代の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんちは。こないだ図書館で借りて、きのう読み終われました。
堪能してしまいました。ふだん雑な日記をさらしている私ですが、小池さんは「憧れの散文家」の仲間入りとなりました。めずらしく、図書館で借りた本をあらためて購入したくなってしまった。

投稿: あらき・おりひこ | 2007.02.03 12:31

「井戸のそこに落ちた星」つながりで、お邪魔しました。ヤフーブログで、気に入った本の紹介を中心に活動中のおじさんブロガーです。日本ブログ村とか本ブログなど、はじめてこちらを通じ知りました。登録してみようと思います、ありがとうございました。また、こちらのブログも清潔感と内容のよさで感心いたしました。
 当方は開設半年くらいで、壁にぶつかってるかな?というところですが、なお頑張るつもりでおります。お暇なときに、よろしければ覗いてみて下さい。
 ますますのご活躍をお祈りいたします!

投稿: 電池切れ | 2007.02.04 10:06

あらき・おりひこさん、コメントありがとうございます!
小池さん、いいですよね。とっても。
この本は読みたい本を増やす毒。いい意味合いで。
図書館本が多いわたしですが、これは思わず買っちゃいましたよ。
手元にあることが嬉しくて、ほくほくです。

投稿: ましろ(あらき・おりひこさんへ) | 2007.02.04 13:42

電池切れさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
わたしも壁にぶつかること、しばしばです。
今もなかなか分厚い本が読めないで、悶々としていたりします。
ランキングに参加してしまうと、余計に焦ってしまうのですが、
ぽんと背中をときどき押してくれるような気がしていて、
ブログ村さんにはお世話になっております。
また、ぜひいらしてくださいませ。今後もどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: ましろ(電池切れさんへ) | 2007.02.04 13:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/13023434

この記事へのトラックバック一覧です: 井戸の底に落ちた星:

« 幽閉 | トップページ | 母の発達 »