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2006.11.15

赤々煉恋

20061112_009 遠くなる。現実から。遠のいてゆく。夢見ていたことから。そうして、次第にゆっくりと遠ざかるものを見送りながら、わたしはページをめくっていた気がする。めくらずにはいられなかった気がする。朱川湊人著『赤々煉恋』(東京創元社)は、そんな1冊である。人間の切望。悲哀。妄想。固執。赤裸々なまでに描かれた5つの物語には、何とも切ない余韻がじわじわと残るのだった。身を焦がすほどの切実な思いの中に、思わず彼らの行く先を想像して、涙するほどに痛かった場面もある。ときには狂おしいほどに心地よく感じていた場面もある。そういう自分にふっと気づいたとき、わたしの中にも欲望がひしめいていることに、今さらながら驚くのだった。

 人を愛するということ。わたしは未熟なあまりに、それをまだよく知らない。ただわかるのは、物語の中にも出てくるように、互いを見つめ合って胸をときめかせることではないこと。優しい言葉で労り合うことでもないこと。同じベッドで繋がり合うことでもないということ。そして、相手の人生を契約のように縛って、明日を保証してもらうことでもないということ。それだけである。すると、“愛する”とは、一体どんなものなのだろうか…たちまちわからなくなる。迷い始める。そんなことを思考しながら、物語は人々の欲望の果てを次々と語ってゆくのである。残酷なまでに痛く。狂おしく。ときに哀しみを伴いながら、いつまでも深い余韻を残しながら。

 物語の中で、わたしが一番心惹かれたのは、「死体写真師」だった。若くして病に侵された妹の死に直面した姉の姿が、描かれてゆく物語である。妹の最期に心を尽くそうと決める姉。その傍には、妹が結びつけてくれた、恋人の姿がある。将来を約束した、恋人がずっと寄り添うようにいてくれたのだった。2年もの間。ずっと。妹の死後、恋人は奇妙な話を持ち込んでくる。遺体を専門に記念写真を撮ってくれるという、葬儀屋があるというのだ。しかも、美しい姿で。まるで、ただ眠っているかのような写真を。迷った末に、自己満足にすぎないとしても、妹の美しい姿を思い出としてかたちに残そうと決める姉。けれど、そこにはおぞましいほどの秘密が隠されていて…。

 姉の姿。それは、日常に溢れるような、わたしたちの愚かさによく似ている。死者には意思がない。けれども、死者を前にわたしたちは勝手に涙を流し、勝手にあれこれと思い出を甦らせる。それが、供養にでもなるかのように。それほど涙を流すのならば、悲しみに暮れるのであれば、なぜ生前にもっと後悔のないことをするべきであったのだろうか、と。愚かな行為だとは思いつつも、自己満足にすぎないとしても、それをせずにはいられないわたしたち。あまりにも身勝手で。あまりにも滑稽で。それでいて愛おしい存在。それが人間という生き物なのかもしれない。けれど、物語を通じて思うのは、やはり、わたし自身のなかに潜む、愚かさばかりなのだった。

448802386X赤々煉恋
朱川 湊人
東京創元社 2006-07-10

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