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2006.11.05

遠い水平線

20050706_99014 わたしはめぐる。ゆるやかにめぐる。物語をそっと手繰り寄せながら、うずく遠い記憶を思って。今ある痛みを思って。追いかけているはずの物語に呑み込まれる心地に、深く酔いしれながら。嗚呼、そうそう。そうなのだ。わたしはこれを待っていたのだった。そう思わせるものが、アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳『遠い水平線』(白水Uブックス)には描かれているのだ。特に、その視点。つまりは旅人の目である。訪れたこともない異国の地。物語を読みながら、わたしはいつのまにか、旅人の目を持っているかのような錯覚に陥ったのだった。ページをめくればその視野はさらに深まり、わたしの思考をさまざまに豊かにしてくれる。そんな感覚に、わたしはただただ、酔いしれていたのだと思う。

 物語はある夜、死体置き場に運び込まれた、身元不明の他殺死体を核として展開してゆく。その身元不明の死体に深く魅せられた、死体置き場の番人であるスピーノ。彼が、死体の正体を探るべくして、亡くなった男の生をたどりはじめるのだ。周囲は1人の男の死をなきものとしているのにもかかわらず。新聞社の友人も半ば呆れるほどの執念を感じさせる、スピーノの探索。彼がなぜそこまで、ただ1人の死体に対して懸命になっているのか、その謎はきっと、スピーノ自身の生い立ちに関係しているのではないだろうか。彼曰く“人生の倉庫”である死体置き場という場所。そこにおける自分なりの役割というものを、彼は見出そうとしていたのかも知れない。わたしには、そう思えてならない。

 スピーノ。彼はかつて、将来を期待されていた存在であったらしい。恋人のサラがもらす愚痴の中には、彼が学士号を取り損ねたことや、夢見ていた未来のかたちなるものからかけ離れてしまったことを感じ取ることができる。死体置き場の番人というところに身を置いているスピーノ。その穏やかながらも、彼の抱く闇を隠しきれないでいるのは、きっとそこからくるものなのかもしれない。彼はじっと思索に耽る。生者と死者との距離について。つまりは、死んだ途端に、もの扱いされて番号で分類されてしまうことについて。それほどまでに、生者と死者との距離は大きいものであるのかと。そして、存在しているすべてものに、たった1つでもいいから、例外が許されてもいいのではないか、と。

 例外。スピーノが思うのは、死者だけに対する例外だけではないだろう。延期や忘却といった類の、具体的ながら多くの意味合いを含んだ言葉で思索に耽りつつも、やはり、自分自身について考えていないはずはないと思うからだ。かつての自分が手にするはずだったもの。もう少しで、手が届くはずだったもの。そういうものについて、後悔せざるを得ない生き物が、悲しいかな、人間というものであるから。あっけらかんとしていたって、どこか悔しさがじんわりと残っているに違いない。それが不本意なかたちであればあるほどに、その悔しさは闇になる。闇になって深く心に刻まれる。知らぬまに、漂ってしまう。その人となりを表す、雰囲気として。だからきっと、わたしも物思いに耽るのだ。

4560071152遠い水平線
アントニオ タブッキ Antonio Tabucchi 須賀 敦子
白水社 1996-08

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