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2006.11.12

水曜日のうそ

20061027_013 老いるということへの人間のまなざし。その奥深さにはっとさせられた。嘘の中にある思いというものが、慈しむ心に満ちているということにも。家族というもの、血のつながりというもの、何よりも死へ向かうということへの心持ちに。クリスチャン・グルニエ作、河野万里子訳による『水曜日のうそ』(講談社)を読みながら、そんなことを思った。人はいつか老いてゆく。少しずついろんなものを失って、少しずついろんなことができなくなって…。それでも、わずかながらの愛おしい時間を手放したくないと思う。もう少しだけ長く。もう少しだけこの手に、しっかりと握っていたいと思う。そんな願いは、決して贅沢なことではないはずだ。きっと。わたしはそう思う。

 水曜日。舞台となるフランスでは、多くの公立小学校がお休みで、中学校から授業があるのが一般的らしい。そのせいなのか、主人公であるイザベラの家では、祖父が散歩がてら、水曜日の正午に必ず訪れることになっている。たった30分足らずの訪問ではあるけれど、イザベラの父親と祖父との仲は気まずいもので、その時間を楽しむ余裕はほとんどない。老いゆくほどに頑固になる祖父と、よく似つつも感情を素直に表現できない父親。その狭間で、イザベラは揺れている。あるとき、イザベラの父親の仕事の都合などにより、引っ越すことを余儀なくされた家族。祖父のことは心配だけれども、このチャンスは逃せない。そこで、水曜日だけ祖父と会うために出かけてゆく方法を選択するのだ。

 嘘。つまりは、家族が離ればなれに暮らすこと。住み慣れた家を離れたくないであろう祖父を思っての、嘘である。一人だけ、離れた街に置いてゆくにはあまりにも心残り。決して見捨てることはできない。また、80歳を過ぎて病気を抱える祖父の死は、もうすぐ近くに来ているのだからなおさらだ。そんな祖父から、毎週水曜日の訪問という習慣を奪うことはできない…。そして、苦肉の策が展開されてゆくのである。その複雑に絡み合う人間関係の中で、嘘は少しずつ多くの人を巻き込んでゆく。それが妙におかしくて切なくて、なんとも言えない哀しさをも呼ぶ。そう、それは、お互いにお互いを思い合うからこその嘘。だからこそ、最後の最後まで嘘が続くのである。いつまでも。いつまでも。

 それから、物語のスパイスとして忘れてはならない存在がいる。イザベラのボーイフレンドのジョナタンである。彼は、いわば初恋の人ということになるのだろうが、イザベラの揺れる心の支えとなってくれている。家族と言えども、大人だけの都合で決められてしまう日常への葛藤。そして、何よりも大好きな祖父への嘘についての後ろめたさに、彼女は苦しんでいる。微妙な年頃であることも重なって、それは一人で抱え込むにはあまりにも重いことであったに違いない。そんな中でジョナタンは彼女を導き(本人には自覚はないだろうが)、祖父から思わぬ言葉を引き出してくれたきっかけを作ってくれたように感じられる。そう、きっと過ぎ去ってしまってからわかるのと同じで。そのまなざしは、あたたかかったと気づくのだ。

406213618X水曜日のうそ
C. グルニエ 河野 万里子
講談社 2006-09

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コメント

このエントリーの内容とはずれますが、「老いる」ということ
について少々書きたいと思います。

僕は、一昔前の年寄りと、現在の年寄りでは、明らかにその存在
そのものの受け止められ方が変わってきていると思う。

なぜかというと、今の年寄りには「役割」がないのだ。便利な世
の中になって、以前は年寄りがやってくれていた仕事を、全部機
械が効率的にやってくれる。

さらに、時代の流れの速さが原因となっていると思うが、若い人
と年寄りの間で、意見の食い違いがあった場合、そのほとんどが
若い人の意見が正しいということに気付き始めた。

それでも、健康なうちはまだよい。これが病気でもして、付き添
いなどが必要になると、それを支える家族の苦労は大変なものだ。
体力的なもののみならず、経済的な意味でも。

そこには、家族としての「愛情」だけには済まされない場合も少
なくないだろう。

最近の年金制度維持の問題を取り上げるまでもなく、年寄りの存在
意義をどう見出していくのかは重要な課題になっていると思う。

あえて非常に乱暴な表現を使えば「この世に年寄りは必要なのか?」
という疑問すらわいてくる。

はっきりしているのは、生き方を変えていかないかぎり、いずれは
自分も「やっかい者」の烙印を押されかねないということである。

少子高齢化時代というのは、政治や経済のみならず、哲学や宗教、
または社会倫理といったものを総動員して、解決していかなければ
ならない問題なのかもしれない。

投稿: デミアン | 2006.11.13 10:56

デミアンさん、コメントありがとうございます。
確かに趣旨が違い過ぎる…(笑)
でも、現実問題としては、考えなければならないことですよね。

価値観や生き方はそれぞれですが、やはり当人次第というのが、
わたしの結論なのかなぁと漠然と思っています。
それは身近な、今は亡き祖父や祖母たちの生き方を通して、
わたしが感じたり考えたりした結果です。
特に、母方の祖父の生き方と死にゆく姿というものには、
とても心揺さぶられるものを感じました。

その姿を見ていれば、“年寄りには役割がない”とは、
とても思えるようなものではなかったし、
むしろ、若いわたしたちが学ぶべきことが、
たくさんあったのだと思い返すことができます。

世の中には様々な人がいます。
そして、そんな中で生きてゆかねばならないのが、
わたしたちに課せられた日常という厄介なものです。
その中で避けて通れない“老い”ということを、
恐れたり悔やんだりしない生き方をしたいものです。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2006.11.13 16:10

9月に安曇野行かれるとのこと、羨ましいです。
静かで、ゆっくりとした時間が過ごせると良いですね。

私は、この「水曜日のうそ」の主人公のボーイフレンドが好きです。
日本人で、こんな彼氏、見付けるのって絶対無理!
ファンタジーですよ。
十代でも、ジュテームの国はレベルが違うんですね・・・・・・

投稿: 牧場主 | 2007.08.14 17:50

牧場主さん、コメントありがとうございます!
はい~。そのころまでにはだいぶ涼しくなっていると思いますし、
ゆったりのんびり美術館めぐりをしたいです。

そうそう!この作品のジョナタン、いいですよね。
もう、メロメロで惚れ惚れしてしまうくらい。
さすがジュテームの国です(笑)
ヤングアダルト向けの作品も侮れませんね。

投稿: ましろ(牧場主さんへ) | 2007.08.14 21:39

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『水曜日のうそ』 著 者:クリスチャン・グルニエ  河野万里子 訳 出版社:講 [続きを読む]

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