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2006.11.09

カシタンカ

20060805_008 目に見えない闇。そこに、一生の縮図を見た気がした。嗚呼、カシタンカ。嗚呼、カシタンカ。わたしは何度も何度も、繰り返し呟かずにはいられなかった。あまりにも愛おしすぎて。チェーホフ没後100周年記念出版である、アントン・P・チェーホフ作、ナターリャ・デェミードヴァ絵、児島宏子訳による『カシタンカ』(未知谷)を読んで、そんなことを思った。決して忠犬の一生を描いた作品ではないのに、だ。それでもカシタンカは、やはりイヌであり、イヌらしく生きているから。イヌとしての生き方というものを、ちゃんと理解しているから。きっと、この物語の愛おしさは、そこからくるものだと思うのだ。自分の生き方をよく知らないわたしにとっては、なおさら。

 カシタンカ。それは、“栗”の意味だそうである。赤毛の雌イヌのカシタンカは、ダックスフントと野良犬との雑種で、キツネのような風貌をしている。ある日、主人と共に街へ出かけ、あまりの嬉しさにはしゃぎすぎてしまうのである。そして、あっけないくらいに迷子になる。凍えるような闇の中で、新たなる主人と出会い、そこでの奇妙なる生活が始まるのだった。新しい生活。その中で、学ぶべきことは山ほどあって、カシタンカはひとつひとつをしっかりと見つめている。中でも、仲間と呼ぶべき他の動物たちとの関係には、はっとするものを感じてしまう。特別、ある夜の見えない闇の恐怖というものには、イヌとしての本能のようなものを見ることができる。

 本能。つまりは、鋭い五感のようなものだろうか。その見えない闇というものを、すばやく感じ取ることができたカシタンカ。その正体を知ったとき、カシタンカは多くを学ぶ。それはまるで、人生の縮図と同じように思えるものだ。だからわたしは、嗚呼、カシタンカ。愛おしいカシタンカ。そんなふうに呟きたくなってしまったのだった。そして、そんなときでもマイペースに振る舞うネコにも、見えない闇に支配されてゆくガチョウにも、やわらかな一面を垣間見せた主人にも、この物語自体にも、何もかもに対して、愛おしさを感じずにはいられなくなったのだった。今ここに生きているということ。それが、どうしてこんなにも愛おしいのか。不思議なくらいに胸がいっぱいになったのだった。

 けれど、物語はまだ続く。新たなる生活の中で様々なことを学び、自分の才能というものを見出したにもかかわらず、カシタンカはかつての主人と出会ってしまうのである。そして、その本能のままにそちらの方へと向かってしまうのだ。そこはやはり、イヌなのだろうか。かつての暮らしを懐かしむ心のままに動いてしまった、カシタンカ。そこでもまた、わたしは“嗚呼、カシタンカ。嗚呼、カシタンカ…”そう呟いてしまっていた。別れと出会いとが一緒くたになってやってきて、悲しみと喜びとが一緒くたにやってきて。わたしはそれに対して、立ち止まっては迷い、怯えてばかりいるというのに…。嗚呼、カシタンカ。嗚呼、カシタンカ…やはりいつまでも、呟かずにはいられない。

4896421140カシタンカ
アントン・P. チェーホフ 児島 宏子
未知谷 2004-11

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