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2006.11.13

アンジェリーナ 佐野元春と10の短編

20061029_44011 文章で奏でる。そんな不思議な夢と現実の狭間で揺れていた。その歪んだ思考の中で、戸惑っていた。愛おしいのに哀しくて。切なくて。ときどきグロテスクなまでに描写するのに、やわらかにあたたかで。どうしてこんなにも煌めくような物語を紡げるのだろうかと。小川洋子著『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編』(角川文庫)を久しぶりに手にして、そうわたしは思ったのだった。タイトル通り、佐野元春の代表曲から描かれた10の短い物語は、どれもこれもあまりにも繊細で美しかった。しかも、それを“どう?美しいでしょう?”と主張することはなしに、そう思わせる魅力があるのだった。そう、とてつもない魅力が。心震わせるほどの魅力が。

 まずは表題作である「アンジェリーナ-君が忘れた靴-」から。春のある夜、駅のベンチで拾ったピンク色のトウシューズ。それに魅せられた主人公は、内側に刺繍してある“アンジェリーナ”の文字を頼りに新聞広告を出す。そして、ついに本物のアンジェリーナと出会うことになるのだ。変化に乏しかった日常。そこにぱっと輝くものを、トウシューズに見出すのだった。彼女との時間は、ほんのわずかである。それでも、彼女と過ごしたひとときは残る。トウシューズと共に。ずっと。そして、一緒になって今夜も愛を探しているであろう、彼女のことを思う気持ちが疼いてしまう。アンジェリーナ。アンジェリーナ…気がつけば、そう繰り返すわたしがいた。

 続いては、「彼女はデリケート-ベジタリアンの口紅-」。ここでは、レンタルファミリー派遣会社の仕事をしている彼女のことが描かれている。彼女と言っても、その素性をよく知らないまま、一緒に過ごしている主人公の思考がなんとも切ない。彼女は、レンタルファミリーとして、どんな役割でもこなせるように、どんなふうにでも変わってしまっていたから。自分探しをしがちなわたしたちにとって、彼女のような不確かな存在はとても奇妙に思える。けれど、そういう職業があってもいい。あっても決して不思議ではないというふうに思わせてくれるのである。誰かを演じること。誰かのために役割を果たすこと。そういうものから解き放たれる瞬間をふっと見せられた気がする。

 最後に「誰かが君のドアを叩いている-首にかけた指輪-」。ここには、左足の記憶をなくした女性の物語が紡がれている。彼女の左側にくっついている奇妙な塊。それを誰もが否定するかのように、彼女を見た。そんな中で、温室管理人だけは違う反応を見せたのだった。そこで、温室でしばらく生活を始めることにした彼女は、ゆったりとした時間の中で、その温室管理人と心通わせてゆく。少しずつ何かを失うということが、こんなにもロマンティックに描かれてしまうと、もう失うことが何も怖くなくなる。ただし、温室管理人のような心持ちの人が傍にいてくれるのなら…の話だけれども。読み終えてもなお、じわじわと胸に響く物語である。もちろん、そういう物語は10もの短編の中に、もっともっと煌めいている。

4043410018アンジェリーナ―佐野元春と10の短編
小川 洋子
角川書店 1997-01

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コメント

文章の内容とはぜんぜん関係ないのですが……

その壁が羨ましい。

投稿: あらき・おりひこ | 2006.11.14 10:42

あらき・おりひこさん、コメントありがとうございます!
いいでしょ?いいでしょ(笑)
でも、猫がじゃれついてしまって、困ってます。。。

投稿: ましろ(あらき・おりひこさんへ) | 2006.11.14 21:02

初めまして。私もこの本最近読みました。どれも皆切なくて、時には奇妙で…大人のファンタジーのような小説です。

投稿: ズズ | 2006.11.21 08:34

ズズさん、はじめまして。コメント&TBありがとうございます!
どれも本当に切なかったですよね。
“大人のファンタジー”って、ぴったりな気がしました。

投稿: ましろ(ズズさんへ) | 2006.11.21 12:11

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アンジェリーナ―佐野元春と10の短編 小川洋子さんの「アンジェリーナ−佐野元春と10の短編」を読みました。 佐野元春氏のファンである著者が、彼の代表作10曲をベースに想像を膨らませ書いた短編集です。どの作品も日常生活に潜む歪みの瞬間を描いてて、時には切....... [続きを読む]

受信: 2006.11.21 09:57

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