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2006.10.31

水銀虫

20050618_44026 手を伸ばした先にある心理。いわば、内面の吐露。醜悪な色をしたそれに、わたしはときに怯えることがある。目を背けていたはずのものに直面したような、軽い目眩すら覚えるほどに。そして、足下が少しずつ、確かにぐらつくのを感じるのだ。朱川湊人著『水銀虫』(集英社)には、そんな思いと重なるいくつもの光景が描かれている。7つの物語は、いずれもホラーらしきものでありながら、心をひどく震わせ、きゅうっと胸を締めつける。人々の日常に近いところにある、罪と罰。誰もが多かれ少なかれ抱える“水銀虫”という奇妙なるモノをモチーフにして、読み進めるほどにぐいぐいと読み手の心にまで寄生してくる。まさに、この作品そのものが、“水銀虫”であるかのごとく…

 けれども、恐れるなかれ。読み手こそがホラーゆえ。何しろ、この作品の中で最も恐ろしいのは、ごくありふれた人間であるのだから。知らぬまに犯していた罪。それから目を背けているわたしたちこそが、罰を下されるべき存在であるのかもしれないのだから。首筋や背中、足先にもぞもぞっと何かを感じたとき、そこには忘れている何かがあるのかもしれないのだから。そう、その奇妙なるもぞもぞこそが“水銀虫”。小さな虫である。思い当たる節があるのなら、省みるべききっかけを作ってくれる。或いは、望みどおりの道を歩ませてくれるやもしれない。嗚呼、恐ろしや。いや、恨めしやなのか。自分次第で道は分かれるだろう。たった一言で。たった一歩で。

 この“水銀虫”という名が、はっきりと登場するのは、「はだれの日」のみ。姉を自殺へと追い込んだ、死神のような女であるさな子に対する激しい怒りを切実に語る、弟の独白の物語である。そして、そのさな子の作ったとされるホームページに、この“水銀虫”が登場するのだ。苦悩する人間のようにも見える、コガネムシに似たその虫は、人の魂に入り込んで這いずり回り、やがては無数の穴をあけるらしい。死を弄ぶ。その罪深さは、人にとどまることを知らず、なんとも悲劇的な結末を呼ぶ。けれど、陰湿なのか無意識なのか、直接は手を下さないのが、なんとも利口なやり方だ。人づての情報や間接的な関わりの中で、心乱される人々の姿が滑稽に思えるほどに。

 また、この作品で忘れてならないのは、日本語の美しい響き。恐ろしさを感じつつも、うっとりと読めてしまうのは、きっとその影響が大きい気がする。四季折々の風景。言葉。中でも、“斑雪(はだれゆき)”などという言葉は、この作品を読まねば、一生知らなかった言葉だ。真っ白な雪が春先に解けだしてまだらになる。その光景が、まさに“斑雪”であるらしい。わたしはその光景をイメージしたとき、少しずつ心が蝕まれてゆく想像図と重ねてしまった。虫が這いずり回ることによってできた、荒れ地。雪解けのように少しずつじわじわと進む、いたたまれない虚しさ。風景に人の心を見るような、不思議な心地がしたのだった。そうして、冬が近づくほどに、わたしはこの作品への恐怖を深めることになるかもしれない。

4087748138水銀虫
朱川 湊人
集英社 2006-09

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