« 孤独なハヤブサの物語 | トップページ | 中二階のある家 ある画家の物語 »

2006.10.01

どちらでもいい

20060929_44003 “どっちでもいいよ”とか“別にどっちでもいい”とか、わたしは比較的そんな言葉をよく口にする。時に誰かを気遣いながら、時に何もかもに対して投げやりに。その言葉の持つ様々な意味合いと、無限の奥深い広がりなどは思うことなしに。アゴタ・クリストフ著、堀茂樹訳『どちらでもいい』(早川書房)は、そんなことをわたしに思わせ、考えさせた1冊だ。決して手放しに素晴らしい作品ですよ、なんてことは処女作があまりにも強い印象を残すせいかなかなか言えはしない。けれど、あまりにも短い25もの作品たちは、著者自身の置かれている状況とその苦悩と絶望とを思うとき、ひどく不規則に心を揺さぶられる。なにげない言葉の中に感じるのは、率直に懸命に生きようとする人間の生身の痛みだ。そして、余計な描写のない端的な文章は、それを常にわたしに感じさせる。

 ここからは、印象的な作品をいくつか挙げてゆく。長年にわたって綴られた作品は25もあるため、わたしの独断で書き記すことにする。また、これまで作品として発表された長編小説を思わせる共通のモチーフの作品は、敢えて選ぶことを避けることに…嗚呼なんて身勝手なわたし。まずは、表題作「どちらでもいい」から。25もの作品のうちに“どちらでもいい”という言葉は、いくつも登場する。けれど、その言葉が最も頻出するのが、この物語だ。語り手は絶望している。何もかもに対して。どうなろうと、どちらでもいい。そんな想いは、一度くらい誰しも抱くものだ。けれど、その深みというものは、人それぞれ違うだろう。ほんの少しのささやかなもの。心は敏感にそれに反応する。深ければ深いほど。きっと。

 そして、「街路」。その孤独たるや、もうあまりに果てしなく切実な痛みを覚える物語である。主人公にとって、寂れてゆくばかりの小さな町の街路には、魅了される以上の強く深い執着というものがあった。そこから離れることに対する想いは、芸術に秀でた彼にとって、あまりにも苦しいことだった。そして、彼の感傷的な芸術は、時代錯誤ゆえに嘲笑の的となる。彼の想いへの共感はない。彼は孤独であった。それでも、街路を歩くことは彼に幸せを感じさせた。そんな物語の結末はなんとも悲しいが、わたしは心を寄せずにはいられなかった作品だ。1人ではなく、独り。それは、必ずしも不幸ではない。けれど、客観的に見れば、時として自己満足や自己陶酔にも思えてしまうことに、ずんと響いたのだった。

 最後に「間違い電話」を。これまた、悲劇。きっと、わたしはこういう類の物語が好きなのだろう。特に自分に似ている人間には、するするするりと入り込んでしまう傾向にあるようだ。これは、間違い電話に対してあまりにも真摯な主人公の物語である。その応対に、世間は冷たく刺すような言葉を放つ。それでも真摯な態度を貫く主人公は、ある日思わず、見知らぬ女と会う約束をしてしまうのだ。そこで起こる、ある意味での存在の否定に、わたしはひどく胸を痛めてしまった。人間という生き物の身勝手さ。流されやすさ。そういう類のものが、簡潔に描かれてしまっているから。やはりこの1冊、わたしにとっては、すべてがどちらでもいい作品ではなかった。“どっちでもいい”なんて、もう軽々しく口にしない。今日からそう心の奥底に刻み込むつもりだ。

4152087331どちらでもいい
アゴタ クリストフ Agota Kristof 堀 茂樹
早川書房 2006-09

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…
にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログ、いっぱい。

|

« 孤独なハヤブサの物語 | トップページ | 中二階のある家 ある画家の物語 »

64 海外作家の本(その他&分類不可)」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

だだだだだだだ駄犬堂書店の黒犬でございます。

ましろさん、こんばんは。
思いっきりごめんなさい、山ほどトラックバック送ってしまいました。
なんだかエラーが出てしまって。
どうかお許しください&お手数ですが削除をお願いいたします。
今後気をつけますので。

投稿: 黒犬 | 2006.10.31 01:10

黒犬さん、コメント&TBありがとうございます!
サーバーの不具合が続いておりまして、
こちらこそ、ご迷惑おかけしました。重たくて申し訳ないです。
また懲りずに今後もよろしくお願い致します。

投稿: ましろ(黒犬さんへ) | 2006.10.31 03:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/12110868

この記事へのトラックバック一覧です: どちらでもいい:

» アゴタ・クリストフ『どちらでもいい』○ [駄犬堂書店 : Weblog]
 世界的ベストセラー『悪童日記』の著者、アゴタ・クリストフ初の短篇集。訳出の経緯... [続きを読む]

受信: 2006.10.31 00:45

« 孤独なハヤブサの物語 | トップページ | 中二階のある家 ある画家の物語 »