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2006.10.20

少し変わった子あります

20061017_9944011 まさに白の孤独。上品でしなやかでやわらかで、それでいてほんのりとあたたかい。適度な緊張感と高揚感漂うそこは、不思議な魅惑に溢れている。まさに、夢に描いた私的竜宮城。たった2人きりの。たった数時間の。たった一度限りの。もう二度と会えない。もう二度と来られない。すべてが淡く儚い夢のような、そんな空間。そんなひととき。森博嗣著『少し変わった子あります』(文藝春秋)には、そういう日常と非日常との狭間の世界があるように感じられる。ぽっかりの空いたそこには、一歩踏み込めば深い孤独に満ちているものの、静けさや沈黙の中にいつつも、なんとも心地よいものがある。そして、呑み込まれてしまう。きっと、毒ある果実を食べたくなるのと同じように…。

 そもそも店には、名前がない。女将にも名前がない。名前がないと言うよりは、聞いてはいけない。そして、毎回変わる店の場所と一室と、美味な料理を愉しむのだ。それだけでも、もちろんいい。けれど、もう1つ何か欲しい…そんなわけで、たった数時間限りの女性が共に食事をする。どちらかといえば地味めで、なおかつ上品な女性が一緒に。もう二度と会うことのない、というルールのもとで。もちろん、名前もない。そうして、2人分の食事代を出す。それだけである。また、誰かを連れ立ってきてはいけない。たったひとりきりで来なければならない。それだけのシステムである。頼りになるのは電話番号だけ。どことも予想のつかない不思議な店なのである。その不確かさも魅惑的である。

 行方不明の友人から教えられたその店に、手がかりを探してやってきた主人公。はじめは、どうして友人がこの店に魅せられたのか不思議に思う。けれど、いつのまにか、いや一瞬にして魅せられ、どんどんこの店の虜になってゆくことになる。自分と対話しながら。孤独を味わいながら。愉しみながら。名前を知っても、それが何かを増すわけではないこと。確かなものじゃなくとも、期待を持つことはできること。何もない時間が人を落ち着かせること。また、心をなごませること。話などしなくともいい。ただ、共にいるだけ。それだけで、満たされる時というものがあってもいい。そして、言葉というものに恥じ入る主人公。実に孤独を愛する男である。

 孤独。それを愛することのできる人間は、心が豊かなのかもしれない。同時に、独りよがりなのかも知れない。孤独。それを味わうためには、孤独ではない状況を知らなければならない。だから、孤独を愛するためには、きっと世間で言うところの社会を知らなければならない。賑やかな華やぐ場所を嫌悪するような強い思い。そして、人間関係のいかなる虚構に呑み込まれようとも、現実と虚構とを切り離せる強靭な心持ちも必要だろう。だから、弱さのある人間は、もしかしたら本当の孤独を知らないのかもしれない。わたしの勝手な論理ではあるけれども、この物語を読みながらそんなことを思ったのだった。だって、わたしもまた、本当の孤独を知らないかもしれないのだから。

4163252002少し変わった子あります
森 博嗣
文藝春秋 2006-08

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コメント

私は、自分では孤独を愛する人間だと思っています。
心が豊かかどうかは・・・・
でも、確実に独りよがりです。
長く生きてるだけで社会もあまり知りません。
賑やかな華やぐ場所は大嫌いです。
が、強靭な心持ちなんて持っていません。
結局、私も本当の孤独なんて知らないのかも・・・・・
最近あまりものを考えなくなっているので、ましろさんのサイトは
刺激的です。

投稿: マリリン | 2006.10.21 11:16

マリリンさん、コメントありがとうございます!
わたしも自分を、孤独を愛する人間だと思っていました。
でも、この作品を読んだら、「おや?」と。
一夜明けた今も、消化不良だったりします。
漠然とした、それでいて大きな問いなのかもしれないですね。
刺激的ですか(笑)そうだと、嬉しいです。とっても!
また、マリリンさんのところにもお邪魔しますね。
ありがとうございました!

投稿: ましろ(マリリンさんへ) | 2006.10.21 11:45

とにかく、強烈に題名に惹かれました。
私は、誰かといることが心地よい人間です。だから、人間相手の仕事を選びました。
なのに、恐ろしい程・・・誰にも束縛されたくない人間でもあるのです。
孤独って、何ナノかな?
そんなことをボンヤリと考えつつ。とにかく、読んでみたい!
(先日のチェーホフ、図書館で予約しました!届くのが楽しみです!)

投稿: こもも | 2006.10.21 13:47

こももさん、コメントありがとうございます!
実はわたしも、題名に惹かれて手に取りました。
普段ならば、スルーしているところでしたが、
読み始めたら止まらなくなって…なかなか面白いですよ。
わたしも人間相手の仕事を選んだことがあるのですが、
自分の中にいろんな矛盾が生まれてしまいました。
不思議ですよね、孤独って。何者なのでしょう(笑)
そして、チェーホフ。ぜひぜひに!
素敵な本ですよ。とっても!このシリーズにはまっております。

投稿: ましろ(こももさんへ) | 2006.10.21 17:33

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