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2006.09.10

生きてるだけで、愛。

20041113_9999048 わたしという身体があって、わたしという心があって、それに加えてなにやらいろいろと厄介にも複雑に絡まり合うものたちがあって、わたしという存在となる。それは整形しようとも、洗脳されようとも、何にしても、ゆるぎなく“わたし”でしかない。その命が果てるまで、“わたし”は“わたし”から逃れられないのだ。もしかしたら、果てた後も“わたし”は続くかもしれないのである。そして、“わたし”だけの主観というものは、“わたし”にしか見えない世界を作り上げ、思考をめぐらせて、感じさせる。行動させる。立ち止まらせる。本谷有希子著『生きてるだけで、愛。』(新潮社)は、そんな独自の“わたし”を描いたような作品であるように思った。誰もがいずれは、<あたし>から去る。でも、<あたし>は別れられないのだ。<あたし>という名の自分自身とは。一生。

 物語は、過眠・メンヘル・25歳の女性が主人公。生きること。ただそれだけのことが、どうしようもなく疲れてしまう。生きにくい現代社会には、もはや当然のごとくに、鬱の日々に耐え続ける人々がいる。彼女もそんな多くの人々の1人であり、自分の苦しさや苛立ちを伝えたくても伝えられず、伝えるすべもなく、端から見たら怠惰に思われるような日常の中に身を置いている。なんとなく一緒に住むことになった、彼女の恋人である、多忙な津奈木にしても、彼女とは違う意味で生きづらさを抱えている人物である。人と人との繋がりというもの。お互いにお互いを理解し合うこと。それの何たる難しいことだろうか。言葉のある部分、例えば語尾だとかニュアンスだとか状況だとか、そういう些細なことですら、相手によっては傷ついてしまうのだから。

 ただですらしんどい生活を、悪意に満ちた人物によって乱される主人公の彼女であるが、それがよかったのか悪かったのか、彼女にとっての変化が展開されてゆく。自分に欠けていたもの。意識せずにいたこと。自分の当たり前と、別の誰かとの当たり前が異なるということ。それを彼女は短期間のうちに知るのである。不器用だけれど、自分なりの思いと方法で。心の赴く方へと。そこまでの何たる遠回り。それが、なんだか妙に人間らしくて、わたしは読みながら、思わず自分自身と重なる部分に付箋をいくつも貼っていた。例えば、日本の四季。そう、それの何とも厄介な移り変わりについて。彼女にとっても、わたしにとっても、それはもはや美徳でも何でもなく、体調管理の難しいだけの乱期のようなものなのだ。世の中には、気圧の変化に弱い、繊細で敏感な人間もいるのだよ、と。

 また、収録されている書き下ろしの「あの明け方の」に出てくる主人公もまた、どこか生きづらさを抱える人物である。自分に対して余計な期待はしない。あらゆるもののイメージを信じない。すべてを無意味というには、あまりにも浅はかだけれど、“頑張ってるのは分かるけど無意味”という感覚。その温度の冷ややかさに対して、頷く読者は多いに違いない。特に、厳しい現実を歩んできた者にとっては…。明日は何が起こるかわからない。晴れた青が急ぎ足で灰色に染まって、こぼれ落ちる涙のように雨が降る。そんな不安定な天候のごとく、わたしたちは生きているのだから。そして、そんな現実を流れるように上手に渡ってみせることが、与えられた一生の課題のようにわたしは思うのだ。それでも生きるしかない。いつかきっと、生きたくてたまらなくなるのだ。そう信じてみるのも、悪くないじゃないか。

4103017716生きてるだけで、愛
本谷 有希子
新潮社 2006-07-28

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コメント

また、お邪魔します。
ましろさんのコメントを本選びの参考にさせてもらっています。
と、言いつつコメントに対するコメントではなくてごめんなさいね。
私は今、朱川湊人の「かたみ歌」を読んでいます。
朱川さんの作品が好きです。

投稿: みっふぃー | 2006.09.11 18:02

みっふぃーさん、コメントありがとうです!
参考になっていたら、いいのですが…自信がないです。
朱川湊人さんの作品は全くの未読です。
今度、図書館で借りだしてみたいと思います。
読んだ本すべての記事をかいているわけではないので、
記事になるかわかりませんが…。スミマセン。
紹介してくださって、ありがとうございました。

投稿: ましろ(みっふぃーさんへ) | 2006.09.11 23:29

この小説、例によって文芸誌で読みました。本の装丁がきっぱり北斎なのには爆笑(書店で見て)。本谷有希子さんという作家は「現実」をほとんどギャグに変換してシナリオ化して小説にしていらっしゃいますね。一種、松尾スズキさんに類似するものがあるかもしれません。

投稿: bananafish | 2006.09.25 22:09

bananafishさん、コメントありがとうございます!
きっぱり北斎(笑)なかなかいいですよね。ホント。そのセンスがまたよし、です。
確かに重たい現実をギャグにしてますね。それもまた、魅力的!
いまのところ、3冊しか読んでいないのですが、今後も注目していこうと思っております。

投稿: ましろ(bananafishさんへ) | 2006.09.26 11:57

本谷さんの本は初読みだったのですが、帯に書いてある言葉に心をつかまれてしまって手に取りました。思っていたより激しい雰囲気の話でしたが、それでもやっぱり「あたしから離れられて、いいなあ」のくだりでは少し泣きたくなったりしました。
他の作品も読んでみようと思います。

投稿: まみみ | 2006.09.29 20:12

まみみさん、コメント&TBありがとうございます。
わたしもかなりぐぐっときました。あのくだりには涙。
ぜひぜひ他の作品も読んでみてください!
って、まだ3冊しか読んでいない身なのに…すみません。
特に『江利子と絶対』は、著者のいろんな風味が楽しめますよ。
何しろ、サブタイトルが“本谷有希子文学大全集”ですから。

投稿: ましろ(まみみさんへ) | 2006.09.29 21:49

こんばんは。ご無沙汰しています。本谷さんは今かなり気になっている作家さんなんですが、「江利子と絶対」のサブタイトルをここで知ってこりゃ読まねば、と思いました。文学大全集ってあんたデビュー作ちゃうん、みたいな(笑)ギャグじゃなかったらその自意識っぷりは怖いくらいですが、でもなんかすごくパワーのある方ですよね。痛いけど目が離せないというか・・。また読んだら遊びにきます。

投稿: ざれこ | 2006.11.02 01:08

ざれこさん、コメントありがとうございます!
ココで知ってくださったとは…!知りませんでしたぁ。ありがとうです★
ほんとうにパワーありますよね。最近、わたしも目が離せません。
確かに痛いですが、わたしもすっかりツボでして(笑)
しかも、わたしは同い年だったり…なのでさらに気になりまする。
ぜひ、また遊びにきてくださいませ!

投稿: ましろ(ざれこさんへ) | 2006.11.02 22:04

本谷さんの本の捉え方が
鮮やかだったのでトラックバックをかけさせていただきました

本谷さんの作品はまだ芝居1本に本1冊なのですが
鮮烈な印象があります
もう一皮めくったものを見せてもらったような・・
目が離せない作家になりました

投稿: りいちろ | 2006.11.04 01:44

りいちろさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
どうもサーバーの不具合でTBが反映されなかったようです。
もしもお時間がありましたら、またお願い致します。

わたしはまだ本谷さんの作品は本でしか知りません。
お芝居の方もこれから機会があれば観てみたいと思っております。
りいちろさんのブログにもお邪魔させていただきますね。
今後もどうぞよろしくお願い致します!

投稿: ましろ(りいちろさんへ) | 2006.11.04 21:57

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