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2006.09.03

ぜつぼう

20060829_9999011 例えばここに、不幸な女が1人いるとしよう。彼女にお似合いなのは、不眠症のためにできたひどいクマ。泣き腫らして重たく目を覆うまぶた。笑みを失った顔にある、ネガティブさと頑固さを思わせる垂れ下がった口角。そして、彼女は思っている。“幸せなわたしなんて、考えられない。不幸なのが、わたし。いいえ、わたしそのものなの。幸せになることは、怖くてたまらない。慣れていないの。だから、不安でしかたない。わたしはいいの。このままでもいいの…”と。だから、変化を嫌う。変化に怯える。不幸が続く人生に安堵すら抱いている。もう、安住の極みなのか。己の人生の本質だと納得済みなのか。流されるまま流されて、ただその流れに揺さぶられて。もしかしたら、そういう者は多いのかもしれない。例え話の根本は、わたし自身であるからして…

 そんな例え話によく似た、本谷有希子著『ぜつぼう』(講談社)は、タイトルにあるように、絶望の中にいる男・戸越の心情を描いている。芸人としての、一時の人気。その無責任な移ろいやすさに踊らされた戸越は、自分という存在をどこまでも深く下へ下へと落としてゆく。こそこそとひっそりと暮らす日常は、戸越をどこまでも冷たく見下す。そこに疼く絶望というものが、どこからその支配力を増して戸越を呑み込もうとしたのだろう。戸越はいつのまにか、そんな自分に安心感を抱いていた。彼の言うところの“揺るぎない絶望”というもの。彼がこの世の中に見出した繋がりは、どんなことにも耐え抜くほどの、確固たる“絶望”になっていたのである。そして、それをぎゅっと掴んで離さない。

 戸越の生活が変化するのは、ある公園で出会ったホームレスによってである。野生の鳩を伝書鳩にして、自分を嘲笑った村人たちを見返すため。それだけのために、都内で鳩をせっせと教育しているという、なんとも不思議な存在の男である。この男、とぼけたようでなかなか面白い。この男の言うとおり、戸越は復讐したい人物の名前を挙げ、ホームレスの男の実家のある村で、伝書鳩からのメッセージを待つことになるのだ。それは、あまりにも非現実的であるがゆえに、すがってしまったものなのか、なんなのか。だが、いざその村に着いた頃、ホームレスの男の家には先住者がいたのである。主人公のファンだった…そう名乗る女がひとり。掴み所のないふわふわした危うい女が…。

 この小説の面白さは、やはり主人公の戸越の主観の変化だろう。様々に細かに描かれる思考は、何とも情けない。だが、読んでいて決して嫌な気持ちにはならないのだ。戸越ほど深く落ちたことはなくとも、彼の抱く思いは理解できる。納得できる。苦悩せざるを得ない状況もなにもかもに対して、不思議とうんうんと頷けてしまうのだ。それは、自分探しのモラトリアムの時期にも似ているし、未来の自分を思い描けない若者たちには、しっくり肌に馴染むことだろう。人という者、誰しもが抱える根本的な悩み。それは、もしかしたら“一生自分探し”なのかもしれないゆえ。なりたい自分と、現実の自分。そして、あるべきはず自分と、装わずにはいられない自分。その狭間で、わたしたちは誰もが悩み抜き、絶望を知ってゆくのかもしれない。

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本谷 有希子
講談社 2006-04-28

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コメント

はじめまして。
いつも楽しく読ませてもらっています。
ましろさんは本を読む時はどんな姿勢で読んでいますか?机を前にして姿勢良く読んでいますか?
私は夜寝る前に読む事がほとんどなので寝転んで読んでいます。なので途中で眠くなったり、内容が把握できないまま(全部読まないまま)で返したり…。
だから一冊一冊じっくり読んでいるましろさんをホント尊敬します。

投稿: みっふぃー | 2006.09.05 14:56

みっふぃーさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
更新頻度の少ないブログで申し訳ないです。でも、とても嬉しいです!

本を読むときは、わたしも夜眠る前が多いので、
昼間でもなぜか、うつぶせのことがほとんどです。
でも、どうしても眠くなっちゃうので、読み終える気満々のときは、
ストレッチしつつ読んでます。集中力がどうもないようで…。
ブログを続けるのは、“集中力よ、戻れー!”という、
ひそやかなるリハビリの1つだったりします。

投稿: ましろ(みっふぃーさんへ) | 2006.09.05 15:15

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