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2006.08.03

エリコ

20051026_4444026 森。それも、この世とあの世の間にある、誰にも近づくことのできぬ深い森。その閉ざされた世界で、祖父によってコトバを学び、ココロを授けられた少女。島田雅彦文・絵による『エリコ』(インデックス・コミュニケーションズ)は、そんな少女の物語だ。少女は祖父亡き後、本当の悲しみや本当の喜びを知るために、父を求めて旅をする。知らなかった世界を知り、ときに誰かを傷つけ、傷つきながら。少女は呼ばれている。どこかにいるはずの父親に。だから、旅を続ける。いや、続けなければならない。続けずにはいられない。物語は、世界のなりたち。聖書で云うところの、創世記を思わせる展開だ(わたしは無神論者だけれども)。はじめにコトバを学んだ。次にココロを得た。そして、“旅に出よ”と命じられた…というように。

 少女の旅路は、あまりにも苛酷だ。コトバとココロ。それだけでは、この世界では生きられない。何かを得るためには、何かを与えねばならない。誰かに愛されたならば、誰かに憎まれなければならない。少女は惜しみなく与えつつ、苦しみながら成長する。かつて学んだ祖父の教えを守って。“コトバは相手を傷つけたり、滅ぼしたりする。コトバを使うときは必ず自分のココロを預けなさい。コトバで相手を傷つけたら、おまえのココロが痛みを感じる。コトバで相手を滅ぼしたなら、おまえのココロが滅びる。ココロを惜しみなく差し出せば、相手はおまえを信じるばかりか、おまえを愛し、自分のココロもおまえに預けようとする”という教えを、胸にしっかりと刻んで。

 父親を捜す術は、ダチョウの卵の殻のネックレス。ひとつきり。腕のいい職人であった父親は、愛する妻を助けるべくして、禁断の砂鉄から刀を作った。そして、神々に命じられるままに次々と彫像などを作った。すべては妻のために。けれど、神々はその手から作られる品々に魅せられ、妻を返してくれなかった。やがてその手は悪魔の手になり、その手から作られた品々は、大きな争いを呼んでしまうことになる。神々と人間との醜い欲望の戦争である。少女は出会う人々から、少しずつ父親について知ってゆく。少女は厳しく悲しい事実を受け止めながら、様々な悲劇を経験し、それでも旅を続けるのだ。少女をそう掻き立てるものは何だろうか。抑制の効いた文章が、不思議と心を痛くする。

 この物語は短い。だが、重ねられた年月は果てしなく長い。なにしろ、何億年にも及ぶのだから。少女はずっと呼ばれ続けていた。父親と思しき声に。少女の支えは、祖父に教えられたコトバとココロ。そして、父親の作ったネックレス。何よりも、どこかから響く、父親の声だったのだろうか。人間の生は長いようで短い。まるで、この物語そのもののようだ。また、儚く散り散りになっても、確かに繋がっているもの。それを思わずにはいられない。たったひとつきりでもいい。そういうものを手にしたのならば、ほんの少しでも触れたのなら、手放してはならない。思い続けねばならない。目を背けずに、いとおしく抱きしめるべきだ。願いが叶うまで、ずっと。いつまでも、ぎゅっと。大切に胸に抱えて。

4757303831エリコ
島田 雅彦
インデックスコミュニケーションズ 2006-05

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