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2006.08.30

神様

20060829_0_001 第一印象。それは、わたしの中で重要事項の1つになっている。例えば、目の前にある顔。例えば、それと繋がりを見せる体型。例えば、それに伴い漂う雰囲気。ある程度年齢を重ねれば、わたしたち誰もが、そこに責任というものを課せられることになる。“わたし”という名の存在について。“誰か”というたった1人の、或いは複数の、許しを乞うことについて。川上弘美著『神様』(中公文庫)を読み終えて、わたしが廻らせた想いは、そんなことだった。この作品が著者のデビュー作だから、ということ。そして、わたしが最初に触れた川上弘美作品である、『いとしい』を読んだときの高揚感を再び味わった、ということによって。なんとも不可思議ながら、現実味を感じさせる描き方。そこにある浮遊感は、何度読んでも癖になる。

 9つもの物語についてひとつひとつ書くことは困難ゆえ、ここからはわたしの気ままな選択で文章を紡いでゆくことにしよう。まずは、表題作「神様」。登場するのは、律儀なほど温かい“くま”である。それも本物の“くま”なのだ。実際の“くま”は、成熟した大きな“くま”であるに違いないのだけれど、ここには恐ろしさが少しも感じられない。死んだふりをしてまでも助かりたい…そんな切迫感は全くないのだ。きっと、もりのくまさん的な“くま”なのだろう。そんな“くま”との、のんびりした散歩の光景が描かれている。そして、憎いくらいにさらりと、性的なものを思わせる展開になっているのだ。決していやらしくない性。それでいて、純粋な性というものを。ふわり。ふわりと。読み手であるわたしは、少々照れながら読んだのだった。

 続いては「クリスマス」。友人にもらった壺から出てきた“コスミスミコ”という、痴情のもつれで亡くなったらしい女性。そんな不可思議ながら、親しみやすい魅力を備えた女性との日々が、やわらかに心地よく紡がれている。登場するのは女ばかり。そこで話すことと言えば、もうアレしかないでしょう…なんせ、“痴情のもつれ”という事実が“コスミスミコ”にはあるのだから。彼女の呟き。それは、まさに女性であるならば誰しも思い描くような、淡くも儚い夢である。壺で暮らすことになった彼女が、諦めきれない気持ち。それが痛いほどわかる者にとっては、女だらけのクリスマスほどやるせなく、愉快なものはないと思う。人生というもの。そこに、いや、すぐ隣りにこそ、いて欲しい人。その存在をふと意識させられる物語だ。

 最後に、「春立つ」。カナエさんという、おばあさんが一人きりでやっている飲み屋、その名も“猫屋”での物語だ。もう、猫狂いのわたしとしたら、その名だけでもう心地よく読めてしまう。ほとんど客の入っていない店にはもちろん猫がいて、カナエさんの若かった頃の不思議な話を聞くことになる、主人公の女性。やはり、ここでも女同士。語られるのはアレについて、である。カナエさんの語る想い出。それはそれは甘くて、切なくて、愛しくて、悲しくて、寂しくて…そんな乙女心をチクリと刺激するような内容なのである。“女たるもの、一生乙女であるべし”。そんな言葉をふと思いついてしまったわたしは、見事にずっぷり、はまってしまった読者の1人なのだろう。少しばかり恥じ入りながら、まだまだ乙女だと、自分に言い聞かせることにしよう。そう決めた。

4122039053神様 (中公文庫)
川上 弘美
中央公論新社 2001-10

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コメント

こんにちは、ましろさん。
この本いいですよね♪
ひとつひとつのお話もいいのですが
くまさん登場の話で始まり
くまさん登場の話で終わるとこなんかも好きです。

投稿: ゆら | 2006.09.04 18:48

ゆらさん、コメント&TBありがとうございます!
この本、ほんとよかったです。何度読んでもよい★
くまで始まり、くまで終わる…思い出して、ふふふです。
再読なのに、くつくつ笑い合いたい気分です。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2006.09.04 20:22

 こんちは。
 最近、川上弘美さんを、出た順に、まとめて読んでいるあらきです。
いまは「溺レる」まできました。
「神様」では、コスミスミコが大好きです。この壷がほしい。こすってみたいです。
 川上弘美さんを読みながら考えているのは、「文芸」ということです。文の芸です。
 これまで読まず嫌いだったのですが、こんなに芸のある小説家は他にいないんじゃないかと思っています。

投稿: あらき・おりひこ | 2006.12.30 12:20

あらき・おりひこさん、コメントありがとうございます!
まとめて読んでらっしゃるのですか…!!!すごい、挑戦ですね。
一応、わたしは全作品読破済みですが、なかなか大変ですよ。
まだまだ先は長いですね。「真鶴」まで頑張ってくださいませ。

コスミスミコ。いいですよねー。確かに芸が細やかかもしれないですね。
人によっては、川上作品を文学じゃないと言う方もいるけれど、
わたしはかなり好きな作家さんです!

投稿: ましろ(あらき・おりひこさんへ) | 2006.12.30 17:12

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神様 表題作『神様』は、初めて活字になった川上さんの作品なのだそうです。まるで「 [続きを読む]

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