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2006.08.07

ハピネス

20060806_44043 今日という日は、わたしにとって切実な存在だ。長い遠回りをして、やっと見つけた救いとの出会いの、きっかけとなった日であるから。そこには、今なお疼かせる苦しさや悲しみ、いつまでも癒えることなく抱えなければならない深く根ざす絶望がある。それでも、今日という日を迎えるたびにわたしは思う。これでよかったのだ、と。嶽本野ばら著『ハピネス』(小学館)は、そんなわたしの心情をすべて見透かすように、ただ目の前にあった。そして、この物語の世界へとわたしをぐいぐい惹きつけ、少しも離さなかった。はじまりから、おしまいまで。そして、わたしにとっての大事な日に相応しい、勿体ないくらいに相応しすぎる物語だと。もしや、この物語はわたしのためにある…?なんて勘違いするほどに。

 実は、この作品には何も期待していなかった。というのは、前作『シシリエンヌ』に挫折しているゆえ。それまでのわたしは、新刊が出るたびに待ちわびていたかのように即買いするほどに、野ばら作品の虜だった。けれど、前作は即買いしたものの、最後まで読み終えることができなかったのだ。紡がれている言葉そのものへの不快感と、これまでの作風とのあまりにも異なる物語の世界観。ショックだった。作品に対してではなく、むしろ、それを受け入れられない自分自身に対して。だから、今回の『ハピネス』はなんとなく借り出して、恐る恐る読み始めたのだった。だが、物語ははじまりの軽いタッチから、次第に計算し尽くされたかのようにどんどん密度の濃い文章になってゆく。圧倒された。一気に読まずにはいられなくなった。

 “私ね、後、一週間で死んじゃうの”そう唐突に、さり気なく彼女から聞かされる主人公の<僕>。残された時間はもう僅かしかない。手の施しようもない心臓の病を抱えた少女は、残りの時間すべてを、ロリータとして過ごすべく、Innocent Worldの洋服を纏って<僕>に死を告げたのだった。彼女がずっとロリータに憧れつつも踏み出せずにいることを知っていたものの、彼女がそれほどに重い病気を抱えていることなど、何も知らなかった<僕>。だが、一緒の時間を過ごすうちに、彼女が必死で発作の予兆と向き合う姿を見てしまう。もはや、こっそり隠れて薬を飲むことなどできない状態にまでなっていたのだった。彼女に残された時間。それをいかに悔いなく過ごすか。それが彼女の願いであるばかりか、彼女の両親、主人公の<僕>の願いにもなってゆく。

 あらすじとしたら、よくありがちな病気モノの不幸話。でも、結末まで読み終えると、これはやっぱりタイトル通りの“ハピネス”な話だと思えるのだ。彼女の言葉を借りるとしたら、“ウルトラ・ラッキーな女のコ”と“ウルトラ・ラッキーな男のコ”の短くも深い、恋愛物語なのだ。読みながら思わずこぼれてしまう悲しみの涙は、途中で喜びの涙に変わるし、彼女の願いをどこまでも理解し、叶えてくれた人々の存在は、どこまでも温かい。その温かさは、彼女がこれまで耐えてきた芯の強さ。悔いなく生きようとする強い信念。周囲への気遣いや、慈しみの心ゆえのものなのだろう。こんなにも愛された彼女の、描かれなかったありふれた日常を思って、ウルトラ・ラッキー&ウルトラ・ハッピーに生きたくなった。この命が果てるまで。

4093861684ハピネス
嶽本 野ばら
小学館 2006-07-14

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コメント

ましろさん、お久しぶりです!!!
TBさせてもらいました。
私も同感で、ベタな展開で、暗い話なのに
ウルトラハッピーと言い切っちゃう明るさが好きです。
あんなことさえなければ、なんて過去を愛しく思う話も嫌いではないのですが、断然コッチの方が読んでいて気持ちいいですよね~☆

投稿: sonatine | 2006.09.21 19:06

sonatineさん、コメント&TBありがとう。
“ウルトラハッピー”っていう言葉すら、すごいですよね(笑)
乙女のツボも、しっかり心得つつ…。
ベタなのにやられてしまった感じですよね。
ポジティブな暗さ加減もよかった気がします。

投稿: ましろ(sonatineさんへ) | 2006.09.21 22:52

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