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2006.08.06

すべて忘れてしまえるように

20060805_005 泣きじゃくらずにはいられない。そして、何よりも絶望に屈しない強さを思わずにはいられない、サビーヌ・ダルデンヌ著、松本百合子訳『すべて忘れてしまえるように 少女監禁レイプ殺人犯と暮らした80日間』(ソニー・マガジンズ)。すべての犠牲者たちに向けられた本書は、12歳にして地獄の日々を強いられた著者自身の、自分の過去としっかりと向き合い、過去を過去として封印するための決意が込められた書だ。20歳を過ぎてもなお、拭い去れない傷。奪われた多くのもの。周囲からの奇異の目や憶測。マスコミの身勝手な報道。それらに耐える日々。その沈黙を破った犠牲者の1人である彼女の語り口は、淡々としていて実に冷静だ。けれど、その冷静さの中に秘められた憎しみや悲しみは、読み手にずしりと感じさせるに充分だ。

 少女サビーヌはいつも通りに自転車に乗って、学校へ向かっていた。その途中、複数の男たちによって誘拐され、地下の狭い隠し部屋に80日にも及び監禁され、性的虐待を受けていた。まだ幼く、初潮さえ迎えていなかった少女は、犯罪者(しかも再犯)であるマルク・デュトゥルーを、大きな犯罪組織から狙われた少女の命を救ってくれた人であると疑わず、“生きていたい”という思いと、家族を守りたいという願いから、男を信じて苦しい日々に耐えていた。男の巧妙な嘘は、幼い少女を意のままにし、その欲求を満たした。ちょうど、少女は両親との間に思春期特有の確執のようなものが生じていて、成績のことで揉めたばかり。前半部分では自分の日頃の行いを悔い、自責の念と必死に向き合う少女の心がなんとも痛く心に染みる。

 本書にはこんな言葉が出てくる。“罪の意識というのは、拳銃と同じくらい効果的な武器だ”と。少女は、ただおとなしく男の意のままになっていたわけではなかった。勇敢にも様々な方法を試みる。けれど、そのたびに男によって罪の意識を与えられていった。命を繋ぐためには、過ちは繰り返せない。少女は幼いながらに懸命に耐える。僅かながらも、希望は常に持ち続けた。ここから出るいつかを思いながら。この強い信念こそが、彼女を支えたに違いない。そんな彼女にも限界というものがくる。あまりにも退屈で悲惨な環境。だから“友達が欲しい”と要求を試みるのだ。彼女はこのとき、それがどういうことを意味するのかわかっていなかった。だが、彼女が救出されたのは、幸か不幸か、結果としてそれが決め手となったのだった。

 “セカンドレイプ”という言葉がある。それは、レイプされた被害者がその後味わう屈辱的なものを指す。世間に晒されることによって向けられる、哀れみや奇異の目。身勝手な憶測。マスコミの過剰報道などが、そうである。サビーヌの場合は、特に大きな狂騒を呼び、彼女は自分が生存者であることにひどく苦しむ。同じ犠牲者でも、生き証人である彼女の立場は、子どもを亡くした者からすると、複雑な存在でもあるのだ。不幸なこと。悲劇的なこと。それは誰にも起こり得ることだ。けれど、その痛みや心情というものは、それを抱える当人にしかわからない、計り知れない部分が多くある。真実をすべて語ったところで、その傷が完全に癒えるわけでもない。“すべて忘れてしまえるように”という、このタイトルこそが彼女の願いであり、傷を負ったすべての人々が生涯背負う、大きな課題のように思えた。

4789726398すべて忘れてしまえるように―少女監禁レイプ殺人犯と暮らした80日間
Sabine Dardenne 松本 百合子
ソニーマガジンズ 2005-09

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コメント

TVでもそういう事件聞くけど、
その時に思うのは、その女性のその後の人生…
TVでの報道はそのときだけで、そのあとの事は誰も知らない。
心から笑えるときが来るのかとか、その後のことが気になってしまう事も、、、ときたま。
でも、男には計り知れない程の苦しみだよね…

投稿: ひろ | 2006.08.18 20:25

ひろさん、コメントありがとうです!
そうだね。その後の人生については多く語られることって少ない。
日本では、泣き寝入りして事件にしないことの方が多いみたいです。
サビーヌのこれからの人生が幸福でありますように…
そう願うばかりです。

投稿: ましろ(ひろさんへ) | 2006.08.18 21:47

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