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2006.07.13

ルート350

20060710_002_3 バラバラに散らばるいくつもの私。私はそこで新たな私を生み、その言葉は新たな言葉をも生む。どこまでも果てしなく続く、連鎖的な生。そして、言葉が在る。それを放棄するも無視するも、私たち次第というべきもの。そう、つまりは自己責任ということだ。私は古川日出男著『ルート350(サンゴーマル)』(講談社)を読みつつ、そんな思考を廻らせ始めてしまったものだから、予想外に読了までに時間がかかってしまったのだけれど、この短編集そのものも、まさにこの思考そのものであるように思えてならない。それぞれ8つの物語は、独立しつつも繋がりを見せる。バラバラに散らばるいくつもの物語が、また新たな物語を生み、新たな言葉を紡がせる。そういう1冊だと思うのだ。

 まずは「お前のことは忘れていないよバッハ」から。物語のはじまりには、これは“現実のレプリカ”であると紡がれている。20年以上も前の出来事。それは、まさに作り話としたら最高に面白い代物。見事な泥沼。連鎖する奇妙は、リアルを問う者を拒絶する。それゆえに、惹きつける。続いて「カノン」。ここでは、“インチキ”という言葉が用いられている。多くの者たちにまぎれるうちの1人。そんなふうにくくられてしまいがちな者たちが主役の物語だ。それでも自分の為すべきことや、役割を心得て生きている印象が残る。特に、ザ・マウスのテーマパークで働く少女の心の動きは、なんだかきゅうんと切なくなる。高校時代の自分とあまりにも重なるものだから。意識は美しさを生むはず、でしょう?また「物語卵」では、“エセ”という言葉が登場。なんとも愉快な物語ながら、難解でもあるが。

 「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」においては、ICU(集中治療室)から幽体離脱した15歳の<僕>が、短期間で高校をドロップアウトして病院人となったことへのもがき足掻く姿が描かれる。例えば、友人関係。どのグループに入るべきか、というような迷い。だからこそ、幽体離脱してまでも、気になる友人のところをめぐり歩くわけである。見えなかったもの。知らなかったこと。それを今この瞬間に見ていることが、なんだか無性に痛い。けれど、同時に好きだとも思う私だ。そして「飲み物はいるかい」では、違和感を問う。例えば、旅にての野宿。日本ならダサくて、なにゆえインドならば格好よく響くのか、である。離婚休暇で時間を持て余した男は、街の内側と外側を彷徨い、ナカムラと名乗る少女と橋“もどき”を進みゆく。

 さて、「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」。ここで使われる“うるう日”というものは、レプリカともインチキともエセとも違う。ただ、その存在自体が曖昧で、似た匂いを放っているように思えなくもない。“うるう日”には終わりがない。そもそもあるのかないのかさえ、あやふやなのだから。続くということが、こんなにも恐怖だとは…。そして「メロウ」。生まれては死にゆく人々。それを嘆く暇もなく、古き時代のニッポンでは次々と子どもを孕んだ。たくさん死ぬ。だから生む。時代がどう変わらずとも、今日に生きる天才児たちは闘わねばならない。誰とも知れぬ狙撃犯と。彼らなりの方法で。最後に表題作「ルート350」。いっぱいの現実といっぱいのレプリカに、お腹いっぱいになる。嗚呼、私が言葉を紡ぐのも、もういっぱいいっぱいである。

4062133911ルート350
古川 日出男
講談社 2006-04-18

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コメント

ましろさん、こんにちは。
古川日出男の書く小説はいつも刺激的ですね。説明する言葉をさがすのが大変です。

投稿: uota | 2006.07.16 14:50

uotaさん、コメント&TBありがとうございます!
確かに刺激的ですよね。
五感ををじりじりと刺激する感じがします。
感じるままに言葉が紡げたらよいのに…と毎回思います。

投稿: ましろ(uotaさんへ) | 2006.07.18 01:03

ましろさん、お久しぶりです。こういう小説は好きな人と嫌いな人に分かれますね。私は好きです。

投稿: saheizi-inokori | 2006.07.19 14:21

saheizi-inokoriさん、コメント&TBありがとうございます!
そして、お久しぶりです。わたしもこういう小説、好きですよ。
もしやもはや、メロメロやもしれませぬ。

投稿: ましろ(saheizi-inokoriさんへ) | 2006.07.19 20:05

読みながら物語の欠片の間を漂っている感じがして、ちょっと幸せでした。
古川さんの作品って、よくわからない時もあるのだけれど、好きなんです。

投稿: june | 2006.10.17 12:29

juneさん、コメントありがとうございます!
わたしも漂っている感じ、好きでした★
まだなかなか長編には手を出していないのだけれど、
これから読んでみたい作家さんです。

投稿: ましろ(juneさんへ) | 2006.10.17 15:51

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