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2006.07.07

不思議の国のアリス

20050227_012 イノセンスとナンセンス。その狭間にあるのが童話ではないのか。或いは、そのどちらをも満たすのが、童話ではないのか。わたしはずっと、そんなふうに思っていた。ルイス・キャロル著、高橋康也・迪訳による『不思議の国のアリス』(河出文庫)を読むまでは…。挿絵も本文においても、オリジナルに近いカタチを優先している、このキャロル研究の第一人者によるアリスの物語には、イノセンスもナンセンスもこえて、すべてがノンセンスの雰囲気を漂わせている。謎々遊びと言葉遊び。そして、意味をなさない無意味な言葉たちに満ちる物語。丁寧すぎるほどの注釈を頼りに物語を少しずつたどれば、わたしが物語に騙され、煙に巻かれていたことをはらりと知るのだ。嗚呼、それのなんと素敵なことか。

 物語は、お姉さんの読んでいる絵も会話もない本への無関心から、ふいに先を急ぐ上着を着たウサギの姿を目にしたアリスが、その奇妙な光景に惹かれるところから始まる。ウサギの後を追い、その穴に落ち、どこまでも深く遠い世界へとたどりつき、奇妙でおかしな不思議の国でのアリスの物語が次々と展開されてゆく。そこでまず驚かされるのは、分離のモチーフである。物語の中で幾度も登場するそれは、自己というものの在り方を問うような、少しばかりムツカシイ解釈を誘う。アリスは、周知のごとく、大きくなったり小さくなったり、首ばかりが伸びたり、と。変化する自己に戸惑い嘆きながらも、それをコントロールするすべを身につけ、安堵さえ見出すのである。これは分離の習得か。はて。

 また、チェシャー猫の登場する場面からは、分離モチーフは言葉にまでも至り、言葉と実体、全体と部分、実体と属性をも分離させるのである。そう、つまりはすべてがノンセンスになるわけだ。奇妙な登場人物の中で、姿が消えつつもニヤニヤ笑いだけが残るチェシャー猫。その存在そのものが、この分離というものを象徴するかのようでもある。常識(コモンセンス)をこえたそれは、ファンタジーや童話にはつきものだけれど、読めば読むほどに味わい深くなる物語としての、この『不思議の国のアリス』には、ただただ頭を垂れるばかりだ。言葉の多義性と、言葉の重さと、言葉の組み立ての面白さ。物語は、それをもっとフルに使って“愉しめ”と云わんばかりではないか。

 このノンセンスな物語に、わたしはもうひとつ魅力を感じた部分がある。それは、なによりも“もどかしさ”である。言語を同じにしつつも、伝わらない。伝えられない。そのコミュニケーションに対する“もどかしさ”に、である。まだ幼いアリスには、自分の言葉の中に含まれた棘を知らない。不思議の国に迷い込んだアリスは、これまでの知識と経験とを使って、会話を成立させようと努めるものの、不条理な場所では言葉ほど役に立たないものはないのかも知れない。そして、そこが不思議の国であろうとなかろうと、わたしたちの日常においてもそれが起こり得ること。わたしはそれを思って、もどかしくてたまらなくなったのだった。幼いアリス。その存在はきっと、大人にも通ずるのであろう。

4309460550不思議の国のアリス
高橋 康也 高橋 迪 ルイス キャロル
河出書房新社 1988-10

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コメント

あっ!アリスですね。
この話はとっても好きです。
それと、オズの魔法使いも。
アリスは大好きで!何度も読んでいます。
地下の国のアリスも読んでみたくなりました。
また素敵な本を紹介してくださいね。
いつも楽しく見ています。

投稿: 工作員 | 2006.07.07 13:40

コメントありがとうございます!
はい!アリス、わたしも大好きです。
オズの魔法使いにも、一時期とても惹かれて、
児童向けのものから、オリジナルに近いものまで、
いろいろと読み比べてみて、今回の河出文庫バージョンを選んでみました。
わたしの中では、やっぱり挿絵はジョン・テニエル!です。

投稿: ましろ(工作員さんへ) | 2006.07.08 07:13

アリスは翻訳とか挿絵とか色々バリエーションありますね。私は最近トーベ・ヤンソン(ムーミンの人)の挿絵を見かけました。

投稿: T | 2006.07.21 16:23

Tさん、コメントありがとうございます!
トーベ・ヤンソンの挿絵のアリスもあるんですか?
それも素敵かもしれないデスネ。
ルイス・キャロル本人の絵もなかなかいいですよ。
でも、やっぱりジョン・テニエルです。わたしは。

投稿: ましろ(Tさんへ) | 2006.07.22 13:59

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