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2006.06.20

おとぎ話の忘れ物

20050525_028 キャンディーひとつ。キャンディーふたつ。キャンディーみっつ。わたしはこの頃、そうやって絶えず何かにつけ、口の中で飴玉をころがしている。お気に入りは、梅の果肉入りのもの。他には、なんとかQ10だとかなんとか成分入りだとかいう、すっぱいタイプの飴玉だ。手のひらで誰かを泳がすような器でないわたしは、飴玉をころがすことで足りないものを補おうとしているのか。はて、さて。小川洋子・文、樋上公実子・絵による『おとぎ話の忘れ物』(集英社)に出てくる、スワンキャンディー<湖の雫>セットには、どんな味でもお好みの味が揃っていると云うから、きっと梅の果肉入りのものだってあるかもしれない。鱗粉味だって、羊水味だって、珊瑚味だって、あるのだから…

 この物語。忘れ物の中に埋もれていた誰かのおとぎ話を収集した、キャンディー工場の一角に設けられた“忘れ物図書室”なる場所が舞台である。ここでしか読めないおとぎ話をお客さんたちが読む、というわけだ。物語は忘れ去られたのではなく、純粋に言葉どおりの“忘れ物”。忘れ物である物語を、読み手であるわたしたちは、キャンディーの包装を待ちつつ、読み進めるのだ。もちろん、キャンディーなんぞ買わずに、“忘れ物図書館”目当てでこの場所へ来る人々もいるらしい。だが、読んだら最後。おとぎ話の世界を堪能するには、やはり“スワンキャンディー”なるものが、欲しくなってくるに違いない。これは商売上手というものなのか。それとも、ただその世界を提供したいだけなのか。

 さて、忘れ物の物語とは、どんなものであるのか。多種多様のずきんを所持し、ずきん倶楽部の会長である女性との交流を描いた「ずきん倶楽部」。アリスという名であることによって苦悩する少女の思考が紡がれた「アリスという名前」。人魚姫の世界と、それを支えるがごとく懸命に尽くす男の人魚の物語である「人魚宝石職人一生」。多くのことを知らぬままに老いてゆく森の番人の男が、1羽きりの白鳥に魅せられる「愛されすぎた白鳥」の4つ。それぞれの物語に描かれた樋上さんの絵は、一筋縄には行かないおとぎ話の世界そのもの。表情の多くが冷淡で、なおかつ残酷にも不気味な妖しさが同居する。そんな美しい数々の絵。しっくりぴったり。絵が文章を。文章が絵を。引き立てている。

 わたしが一番心寄せたのは、「人魚宝石職人一生」。これは、愛の物語だったゆえ。また、人魚たちはそれぞれに何かを失っていたゆえ。失ったというよりは、もともと持っていなかったという方が正しいのかも知れないが。女性優位の人魚の世界で、男の人魚たちは誰かにひたすら尽くす。惜しみなく尽くすのだ。彼らにとって、奉仕する一生は喜び。奉仕に必要のないものは不要ゆえに、失う。だから、宝石職人は口がきけない。髪を結う人魚には耳がないし、子守唄を歌う人魚は盲目だ。それでも、彼らは真摯に生きる。生きるしかない。人魚姫の悲しみは、多くの人魚の悲しみ。人魚の世界では、何かを得るための犠牲なんぞ厭わないのだ。そこが、何より魅力的で美しいではないか。そう思うのだ。

483425125Xおとぎ話の忘れ物
小川 洋子
ホーム社 2006-04

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コメント

こんにちは。TRKと申します。
えーと、はじめましてではなくて、ずっと以前に別ハンドルで「ページを繰る日々」というブログをかいていたときにお邪魔したことがあります。
小川洋子さんの本には最近手が伸びていなかったのですが、こちらの記事を読んで触発されてしまいました!
この本、買います。(笑)
素敵なレビューをありがとうございました。
ではでは。

投稿: TRK | 2006.06.21 17:24

TRKさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます!
アルファベットの並びとブログ名で、はっと思い出しました~。
またいらしてくださって、とても嬉しいです。

この作品、艶っぽくて妖しさたっぷりですよ。
「博士の愛した数式」以前の小川洋子さん好きな方向けの、
雰囲気を漂わせた作品です。
わたしの記事がお役に立てたのならば、光栄です。
買ってないのに(図書館本)オススメしてスミマセン。

あ、キャンディー中毒のせいで驚きの体重になったので、
今日から禁断症状と闘っています。

投稿: ましろ(TRKさんへ) | 2006.06.21 20:52

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