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2006.06.30

あなたが想う本

20060624_006 わたしは試されているのだろうか。それとも、信頼されているのだろうか。人として。或いは、一人の読者として。“きみは、どう想う?”という、それだけの言葉によって。シンプルながらも、はっとするその問いに、わたしは語り手の言葉を上の空読んでいたことを知るのだ。真摯に向き合えていなかった確固たる証拠に、ただただ後悔をするのだ。嗚呼、なんという誤算。なんという失態。船越桂・画、天童荒太・文による『あなたが想う本』(講談社)は、恥じ入るばかりにそんな私の愚かさを指摘する。どう読むのかは自由だ。自由だからこそ感じずにはいられない、自分の中にある翳りというもの。廻り廻る思考回路。47点もの版画と7つの物語は、心地よくもやわらかに、突き放しつつも寄り添う、なんとも不思議な1冊である。

 エッチングやリトグラフ、ドライポイントなどなど手法はさまざまなのだが、共通するのは、物語を紡がせるような何かどこかを掻き立てるような人物画である、ということ。うつろな視線。哀しみに暮れる表情。頼りなげにも、確かに“在る”ということを主張する存在感。どの画にも生が満ちている。生きた、生きる人々がいるのだ。画によって紡がれた物語は、「白い鉛筆」「救世主」「消えた恋人」「肉」「肉親の罪」「年下の叔父」「患者の恋人」の7つ。だが、はじまりも結末も、唐突に終わってしまう。この設定はなんだろう?次はどうなる?そう読み手の心を鷲掴みにしたまま、さらりと終わるのだ。“答えは自ら導くもの”だと云わんばかりに。だって、これは“あなたの想う本”なのだから、と。

 そんな短くも唐突に終わりのくる物語の中から、少しばかり想いを廻らせてみようと想う。まずは、「救世主」について。想えば、わたしたち人間というのは、どこかしら求めながら生きている。探している。自分を救ってくれる何かを。或いは、認めてくれる誰かを。何でもいいわけじゃない。誰でもいいわけじゃない。けれど、“もしかしたら…”と手を伸ばしてしまう。本能的に。衝動的に。そして同時に、誰かにとっても自分という存在が必要とされることを望んでいる。そこに横たわる人間の愚かさと甘さと強さと弱さとが、奇妙に交じり絡み合って、わたしの思考は愉快に廻ったのだった。見抜かれている。いや、誰もが感じることなのか。いや、そんなはずはないだろう…と、ぐるぐる廻るのだ。

 もうひとつだけ「患者の恋人」についても触れておく。患者の語る恋人についての話に感化されて、その人に恋をするようになる物語だ。恋人の夢を見る。匂いを感じる。そうして少しずつ確かになった途端に、それが患者の妄想だったことを知る。淡く消える恋人。けれど、その存在があまりに大きくなってしまったがゆえの、結末が用意されている展開へ向かい、心地よい余韻がじわじわっと残るのだ。自分の中だけに思い描く恋人。それは、欲望そのものに違いない。自分にとって好都合な。ありとあらゆる自分好みの。恋する以上に恋してくれるような。例えばそんな、恋人に違いない。思い描くのは自由だ。それを信じるも信じないも自由である。“あなたならどんな恋人を自分の中に描きますか?”もしもそう訊かれたのならば、わたしは何と答えればよいだろう…。

4062102315あなたが想う本
天童 荒太
講談社 2000-06

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