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2006.06.18

日のあたる白い壁

20060616_44009 “美術館にいくのが好きです”そんな言葉からはじまる、江國香織・著『日のあたる白い壁』(白泉社)。この本を手に取ったのは、そんな一文に思わずうんうんと深くも熱く、頷いてしまったからだった。たいした知識もない。名作と云われても、ぱっと画家とその作品とが結びつくこともない。無知なわたしだ。けれど、あのしんとした緊張のはしる独特の空間は、なんともたまらなく小さな頃から好きだった。ずっと変わらずに好きだった。本屋よりも図書館よりも、本当はずっとずっと長くいたいと思える場所だった。感性と色彩とその存在感が圧迫的に押し寄せるとき、立っていられないほどの眩暈に襲われるまでは。そう、これはかつてのわたしの想いだ。けれど、恋い焦がれるのは続いているはずだ。たぶん。きっと。確かに。

 ゴッホ、ゴーギャン、マティス、ムンク、セザンヌなどなど、24もの画家たちと、それに纏わる言葉たちがきらめく、この本。わたしにとっては、ほとんどが馴染みのないものばかりだったけれど、著者のセレクトした作品の数々に、うっとりせずにはいられなかった。特にボナールの「入浴」。半身浴くらいの少なめの湯に風呂好きの妻が、首から下すべてを漂わせている絵だ。水の中にある肢体に、不安と神秘を見つけてしまった気がして、無防備ゆえのそんな感じ方を、少しばかり恥じ入るように、わたしはいつまでもそのページを見つめていた。バスタブの中にいること。それが、こんなにもさまざまに心を掻き立てるなんて。日常の1コマには、未だ気づかぬままの魅力がたくさんなのかもしれない。

 また、この本には印象深い問いかけがある。“今住んでいる家に絶対に飾らなくてはならないとしたら、どの絵をもらうか”というものだ。もちろん、財産として所有するだけだとか、売るとかいうのも駄目。著者の友人の問いは、なかなか、ムツカシイものである。そこで、著者は思考をめぐらせる。“くれるといわれても断る絵を、どうしてわざわざみにいって、いいと思ったり好きだと思ったりするのだろう”と。そして、ふと気づく。実際の所有と、もうひとつの種類の所有があるということを。わたしはここで紡がれた著者の想いがたまらなくいとおしくて、キュンと胸がなった。そして、数年前の出来事を鮮明に思い出した。友人と出かけた、美術館での出来事を。

 それは、冬の近い秋だった。秋晴れというのにふさわしい、そんな平日のことだった。友人は、わりとサクサクと絵画を見つつも、じっくりと画家たちのプロフィールを読んでいた。気に入った絵には、触れそうなくらい顔を近づけ、深いため息を何度も何度もついた。そして、或る絵の前で動きを止めたのだった。友人に触発されたわたしも動きを止めた。「いいね」「うん、いいね」そんな拙い言葉を繰り返して、どれだけの時間が過ぎただろう。平日の美術館には、わたしたちの時間を邪魔するものなど何もなかった。だからこそ、そこに長く佇んでいられた。わたしたちは、ミュージアムショップで、その絵のポストカードを1枚きり買って、さよならをしたのだった。加倉井和夫の作品「冬」だった。わたしが飾るために選ぶとしたならば、きっとその絵に違いない。たぶん。きっと。確かに。

4592731840日のあたる白い壁
江國 香織
白泉社 2001-07

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コメント

こんにちは、ましろさん。
あまりコメントいれないけどいつも拝見しています。

これは絶対に欲しいと思いました。
江國さんも好きだし、私も美術館好きだから。
明日本屋さんで探してみます。ありがとう。

投稿: ヒロト | 2006.06.18 16:47

ヒロトさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます!
わたしもなかなかコメントできずに、ごめんなさいです。

これはわたしもぜひ欲しい本です!借り物で読んだので。
いい絵ときらめく言葉たちばかりですよ。
うっとり、まったりな時間をぜひお過ごしください。

投稿: ましろ(ヒロトさんへ) | 2006.06.18 17:00

私もよく美術館に行きます。

で、同じように「この絵、ほしいなぁ~」というものに出会うと、とってもうれしくなります。もちろん、手の届かない絵ばかりだし、飾れる場所なんてないのですが。
私はその絵のまん前に立って、広い展示室で、絵を独り占めした気分になるのが好きです。

美術館好きとしては気になる本ですね。

投稿: sayano | 2006.06.19 23:13

sayanoさん、コメントありがとうございます。

美術館、お好きでしたか。いいですよね~!
絵は、やっぱりなかなか手の届かないものばかりですよね。
ポスターでもいいので飾りたい…なんて企んでみたものの、
それすらなかなか実現はムツカシイです。

この本、手元に置いてときどきパラパラとめくりたくなりますよ、きっと!
これでもう一つの意味である“所有”になるかもしれませんね。

投稿: ましろ(sayanoさんへ) | 2006.06.20 06:40

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