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2006.06.15

花のようなひと

20050511_007_1 言葉少なくとも、どれだけ多くを語れるか。わたしにとっての課題は、小さな頃からそれだった。誰かの放った言葉から、ほんの少しでも悪意を感じ取れば悲しくなったし、引っ込み思案のおとなしい少女でいられる時間は、あまりにも短いことを知っていたから。頷いたり首を横に振ったり。それが通用しなくなると、“うん”と“ううん”。この2つが求められた。けれど、その2つだけで返事をするには、意外と表現能力を要することでもあったし、ごく近しい人ならまだしも、その意味を理解しようと寄り添う人など、ごく稀なことだった。佐藤正午・著、牛尾篤・画による『花のようなひと』(岩波書店)は、まさしくわたしの小さな頃からの課題を引き受けてくれるような作品集だ。28もの物語は、ごく短くも、さまざまな想いを知らしめるから。

 物語で語られるのは、花のよく似合う女性たちの心情。揺れ惑う様子。思い悩む様子。心躍らせる様子などなど。彼女たちの物語は終わりなきものだ。ずっと、いつまでも続くような。けれど、物語にはぷつりと途中でおしまいが来る。彼女たちが確かにここにいた、という余韻を残したまま、また別の女性の心情を知ることになるのだ。ささやかな日々。あまりに些細でありふれていて。でも、それぞれにとっては特別な日常。花に寄せて、鮮やかに見えてくる何かがある。まさにその瞬間が描かれているのだ。言葉少なく。無駄のない語りで。そっと花々の匂いを嗅ぐしぐさにも似た、やわらかなる真摯なまなざしで。物語それぞれに添えられた画もまた、そういうあたたかさがある。

 物語は28もあるので、すべてについては書けないけれど、誰か特定の一人に向けた心情を描いた「未来の香り」という物語がある。彼女との時間をぼんやりと過ごして、気まずい別れ方をしてしまった男性が、彼女に言い訳をするのだ。乙女心が揺さぶられてしまうような方法で。ある意味、反則ワザ。物語じゃなかったら、わたしはかなり悔しい。そして、気持ちが揺らいだ自分が、何よりも悔しい。また、留学の準備しながら急にはっと大事なことに気づく「旅支度」も、心憎いほど悔しくなる。というのは、日常ではあまりにも当たり前にしてしまっているポイントを、何とも鋭くもさらりと書かれてしまったゆえ。日々それぞれは、必ず過ぎゆくものであること。今日は二度と来ないこと。それらをしっかり刻まなければ、改めて思わせるのだ。

 わたしが印象的だったのは、「緑の霞」。何をするわけでもない休日を、ただ一人きり過ごす女性の物語だ。紅茶とビスケット。そして、彼女の傍らには花がある。薄紫色のニゲラ。真っ直ぐの茎を見ながら、ぼんやりと過去の記憶をたどるのだ。現実と夢。その境界を曖昧にして。彼女は、休日の今日しかできないことをしようと思いつつも、なかなかできぬまま。そんな物語。こういう1日の終わりには、必ずと云ってもいいほどに激しく後悔するのだろうけれど、こういう一見無駄に思える時間こそ、いとおしいもの。いわゆる充電中とか、栄養補給中とかいうものも同じく。たまには張りめぐらせた思考もを停止せねばならない。日常に疲れた方には、寄り添いたくなる物語である気がする。“花のようなひと”になるために。

4000244310花のようなひと
牛尾 篤
岩波書店 2005-09-07

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 佐藤正午の花にまつわる短篇小説に牛尾篤のカラー銅版画をそえた、とても美しい本。... [続きを読む]

受信: 2006.06.16 00:32

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